番外編2 永久の愛を9/11

 実際はたった数十秒だったんだろうけど、私にとっては数分にも感じられた甘々な時間は、

「続きまして」

 琴美さんにぶった切られました。


「婚姻届けに署名をしていただきます」

 台に用意された婚姻届け。

「え……めっちゃ可愛いんですけど!」

「喜んでもらえてなにより。駿ちゃんがデザインしてくれたんだよ」

 ピンク色のベースに、沢山の薔薇が描かれた、世界で一つだけの婚姻届け。


「どうせどこにも提出できないんだから、滅茶苦茶最高な婚姻届け作るからっ」

 そう言って、本当に最高のものを用意してくれた駿ちゃん。忙しかっただろうに、ありがとうね。


 心の中で感謝を述べながら、私が先にサインして、次に咲羅が書いて。

 ここで参列者を代表して、証人の欄には駿ちゃんと私のお母さんに署名してもらった。


 駿ちゃんが言った通り、どこにも提出できない婚姻届け。

 ほかの人にとっては、ただの紙くずでしかない。

 けれど、私たちの愛の証をみんなに見えるように掲げると、大きな拍手に包まれた。

 みんなが祝福してくれていることが嬉しくって、涙がこみ上げてきたそのとき。

 四月一日が最前列に飛び出してきて、パシャパシャパシャパシャ……。

 ちょい、何枚撮るのよ。

 ってツッコミを入れようとしたら、中腰の姿勢で素早く横にスライドしていった。

 もしかして、貴方は忍者ですか?


「えーそれでは、最後に私から一言」

「およ?」

 忍装束しのびしょうぞくで竹藪を駆け回る四月一日さんのイメージを頭から取っ払って、琴美さんに目を向ける。

 打ち合わせにない展開です。

 なに言われるんだろう。


 マイクを握り締めた彼女は、深呼吸をして

「好き同士なくせに別れやがって。これからどうなるのか、滅茶苦茶寿命縮んだわ! もう二度と別れんなよ! 幸せになりやがれっ」

「「……」」


 笑顔で暴言吐く人、初めて見ました。

 いや、そもそも琴美さんが荒っぽい口調になったの、初見です。咲羅もビックリしちゃって、口をぽかーんと開けちゃってます。

 参列者の一部の人なんて、ドン引きなのがまるわかりですよ。


「はい、ただいまをもちまして――」

「えぇぇぇぇぇ」

 口から変な声が出たのは仕方ないよね。こんな強引に会場の空気を元に戻そうとするなんて、流石琴美さん。

 ん、流石なのか? 元凶だから、自分でしっかり後始末しただけか。


「本日は、本当におめでとうございます。それではお二人にはご退場いただきますので、みなさま、祝福の拍手でお見送りください」


 駿ちゃんが元気よく立ち上がったのが合図だったかのように、参列者のみんなが立ち上がる。

「よしっ」

 幸せな空間も、いよいよお開き。

 咲羅と腕を組み、視線を合わせて

「行こうか」

 足を踏み出した瞬間、

「えっ」

 各々がポケットや、どこに隠していたのか小さな籠から、私たちに向けてなにかを投げ始めた。


 ひらひらと舞い落ちるその正体は、ピンクと黄色の花びらだった。


 オーマイガー。これまた計画にはなかったサプライズ。

 誰ですか。こんな素敵なことを考えてくれたのは。

 嬉しくて、心がギュッと苦しくなった。


 アーチまでの短い道のり。

 みんなの動きが、舞う花びらがスローモーションに見える中、いつの間にか私の目には涙の膜が張っていた。

 あー折角お祝いしてくれてるんだから、全ての光景を目に焼きつけたかったのに。

 残念。

 だけど、涙は零さないよ。まだね。

 私たちにはあと一つ、やるべきことが残っているから。


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