第56話 推しは人生6 *ファン*

 ライブ中俺は、ずっとふつふつとカラダ中の血が泡立つ感覚に襲われていた。

 興奮が限界突破して、明日のことなんて考えずに叫びまくった。一瞬周りの人に迷惑かも、と考えたけど、他の人も似たような感じだったから気にしなくなった。


 永遠に続いてほしいと思うぐらい楽しかったライブも、始まったからには終わりがある。寂しさを抱えながら自己紹介RAPを叫んでいた最中、sAkiがJURIの頬にキスをした。会場から上がる悲鳴のような歓声。


 顔を真っ赤にしたJURIは、sAkiの額にキスを仕返し。

 地面が揺れてるんじゃないかと思うぐらい、先ほどよりも大きな声で叫ぶファンたち。

「ぎゃあああああ」

 異様な熱気に包まれる会場で、俺の頬には涙が伝っていた。


 2人の互いを見つめる視線は熱が込められていて、愛に満ちあふれていた。『百合営業』なんかじゃない。ファンには入り込めない、2人の世界。

 あぁ、sAkiには敵いっこないや。

 最初からわかっていた。感じていた。知っていた。それでも、現実に突きつけられるとへこむ。


 鮮やかに散った俺の初恋。

 本人に届くことなく、始まりすらしなかった初めての恋。

 へこんではいる。でも、不思議と悔しくはない。

 泣いたけど。

 それぐらいいいだろ。初恋だぞ。


 ライブが終わっても泣き続ける俺に、同期は黙ってただ傍にいてくれた。

 

 実はこいつも泣いていたことを、俺は知らなかった。


 翌日から日常に戻った俺たちだったけど、最悪なニュースが飛び込んできた。

 岩本咲羅の無期限活動休止。


 同期の落ち込む姿は、見ていられなかった。

 最初はなんとか会社に来ていたけれど、1週間後、社内で倒れたと人伝で聞いた時は心臓にヒヤリと冷たい血が流れた感覚を覚えた。

 慌てて医務室に駆け込むと、青白い顔をしてベッドに横たわる同期がいた。

 こんなとき、どう声をかければいいのかわからない。

 そもそも、こんな状況初めてだし。


 結局、ベッドの横の椅子に座り

「推しが活動休止したオタクの気持ちはわかんねえ」

 事務所から詳細は語られず、下世話な週刊誌は芸能界引退なんて意地を書いて世間を煽っている。


「けどさ、信じて待つしかないんじゃねえの」

 解散、ならば泣いて泣いて喚き散らせば気が済む。

 活動休止、は残酷な言葉だと思う。

 いつ帰って来るのかわからない。再びステージに立ってくれる保証もない。それでも、俺は信じてる。


「JURIがいる限りsAkiは絶対アイドルを辞めないよ」

 彼女が懸命に努力してきた姿を一番知っているsAkiが、JURIをおいて事務所を去るわけがない。

「そうだよなあ……俺が信じないでどうするんだよ」

左手で目元を覆い隠し、イヒヒと力なく笑った。

静かに涙を流し続ける同期の隣に、残っている仕事をほっぽり出して、俺はい続けた。


 それから俺は同期の家に転がり込んで、衣食住の世話をした。仕事はなんとかこなしていたけど、ろくにご飯を食べていないのは、痩せこけた頬を見れば明らかだった。


 後日、Sorelleが活動休止を発表したとき、同期はそこまで落ち込まなかった。俺たちは

「2人を信じて戻って来るのを待とう」

 イヒヒっ。

「おん。絶対に31日のライブ、行こうな」

 同期につられて俺も笑いながら、俺たちは拳をこつんと合わせた。


 向こうは俺のことなんて認知してないだろう。目に留まらないかもしれない。ただ流れていくだけかもしれない。

 それでも、SNSに書き込む。エゴサを繰り返すJURIに届きますように。願いを込めて。


【JURIとsAkiなら絶対戻って来てくれるって信じてる。いつまでも待ってるよ】


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