第56話 推しは人生5/6 *ファン*

 そんな日々を繰り返していたら、いつの間にか、毎週土曜の夜はアイツの家で動画を観るようになった。

 そして、

「布教用に買ってあったんだ」

 ライブTシャツにペンライト、うちわ、全部くれた。

 流石に申し訳なくなって

「お金払うよ」

 財布を取り出そうとした俺の手を掴んで、

「いいって。その代わり、一緒にオタ活してくれよな」

「俺こう見えて人見知りだからさー、オタ友いないんだよね。同担拒否だし」

「マジか」

「マジマジ」


 それならどうして俺に声をかけてくれたんだ?

 疑問は顔に出てたんだろう。

 同期は照れくさそうにそっぽを向いて

「お前はさ、んあんか俺とおんなじニオイがしたんだよねー」

「なんじゃそりゃ」

 それ以上はなにも語らなかった。

 けれど、十分だった。

 こいつと一緒にSorelleを追いかけられるだけで幸せだと思えたから。


 想う対象は違うけれど、似た者同士。


 冴えない俺の未来を照らしてくれたのはJURIだけじゃない。こいつもだ。

 社会の底辺でくすぶっていた俺の手を引っ張り上げてくれた。


「いつからSorelleのファンなんだ?」

 壁一面に貼られたポスターを眺めながら缶ビールを片手に尋ねると、

「咲羅ちゃんがデビューしたときから」

 イヒヒ、と口角を上げて楽しそうに笑った。


 外れたらどんな手段を使ってでも手に入れるつもりだった武道館のチケット。

 当落発表の日、2人でスマホの画面を覗き込んで『当選しました』その文字を目にした瞬間、どちらからともなく抱きしめ合って「やった!」と子どもみたいに大はしゃぎ。大号泣。

 お互い涙と鼻水で顔はグチャグチャだったけど2人きりだから別にいいだろ。


 今までの運を使い果たしたような気がするが、問題ない。

 武道館ライブ。2人が目標にしていた場所。

 俺たちは生で観られるんだ。


 当選した日からライブ当日までの毎日は滅茶苦茶長く感じた。イライラしたし、ソワソワした。

 そんな日々の中でSorelleを同期と語っているとき、上司から

「お前、そんな風に笑えるんだな」

 デビューライブの日に同期から言われた言葉と似たようなことを言われて、2人して笑ってしまった。


 ライブ前日なんて、翌日の遠足が楽しみで寝られない子どもみたいに寝られなかった。

 同期も同じだったらしく、

「やっぱ寝られねぇよなあ」

 のほほんとした口調だったが、目はバッキバキだった。

 仕方ないよな。

 これからSorelleが、ファンが夢見た武道館でのライブが始まるんだから。

 欠伸あくびを噛みしめながら俺たちは会場に入った。


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