第56話 推しは人生4/6 *ファン*

 だから、いいんだ。キラリと光るお揃いの指輪を見たときも思った。

 普通、なんて彼女たちが決めればいい。ファンがとやかく言うことじゃない。

 どうか、これからなにがあっても2人が幸せに生きられますように。


 いつの間にか明るくなっていた外を眺めながら、そんなことを思った。


 朝、会社ですれ違った同期は

「お前、徹夜して動画観ただろ」

 なんでわかるんだよ。やっぱりお前エスパーだろ。

 缶コーヒーをぐいっと飲んで眠気を吹き飛ばそうとする俺に、

「俺も咲羅たんに沼ったとき徹夜して動画観漁ったからさあ。わかるんだよ」

 イヒヒヒっ。

 無邪気に笑う同期につられて

「同じだな」

 笑いながら言ってしまった。

「おうよ。そんで、どうだった?」

 残り少ないコーヒーを飲み干して、昨日感じたこそを時間が許す限り語った。


 始業時間まであと数分。

「リア恋、だな」

 バカにされることを覚悟で言ったのに、俺をこの世界に連れ込んだ同期は笑わなかった。ただただ感想を静かに聞いてくれて、受け入れてくれた。

「笑わないんだな」

 率直に尋ねれば

「笑うわけないだろ。俺も同じようなもんだっての。

 再び、イヒヒヒっと笑って

「また一緒に観に行こうぜ」

 俺の肩をポンっと叩いてアイツは自分のデスクに向かった。


 それから俺たちは、彼女たちと全国を回った。

 どうやってチケットをもぎ取ったのかは知らない。もしかしたら正しくない手段で入手していたのかもしれない。それは聞かないと決めていた。彼のおかげでJURIと出逢えたんだから。


 なにかが足りなかった日常が、彼女で満たされていく。

 同期に勧められるままにファンクラブに入って。毎日動画を観て。

 時々同期の家で一緒にライブ映像を観た。

 アイツの家はプロジェクターとスクリーンが設置してあったから、初めてお邪魔した時はビックリした。

 熱狂的なファンって家にこんなの置いてんのか? それともこいつが――自分でよく言ってるんだけど、『強火つよび担』だからなのか。

 どっちでもいいか。同期のおかげで、まるでライブ会場にいるみたいな体験ができるんだから。


 そうそう。sAkiの密着のドキュメンタリーも一緒に観た。

 彼女に一年間密着したものなんだけど、JURIにもちょいちょいフォーカスが当てられていた。

 公式動画だけでは語られていなかった練習の裏側。

 JURIの努力や涙が映されていた。

 本当は低いヒールが好きなのに、sAkiに合わせて高いヒールで踊って。

 一生懸命sAkiに追いつこうと、いや、彼女をアイドル界のテッペンに連れていこうとする姿に胸が熱くなって自然と泣いていた。


 正直言って、歌に関してはどれだけ頑張ってもsAkiには敵わないと思う。生まれ持ったものだから仕方ない。

 だけど、本人はそれを良しとしない。ボイトレに自費で通って、上へ上へ行こうと頑張っている。

 ダンスだってそう。毎日学校帰りに練習して、妥協しない。立ち止まらない。


 こんなに頑張り屋さんな姿を見ても、アンチは容赦なく叩いてくる。どういう神経してんだよ。

 JURIが隣にいることを誰よりも望んでいるのはsAkiだぞ。わかんねえのかよ。


「それを理解できないところが、馬鹿なんだよ。アンチは」

 俺の怒りをイヒヒと笑って受けとめた同期。

 お前さ、顔はいいのにその笑い方のせいで、会社の女子からドン引きされてんのわかってんのか。

 俺には関係ないけど。

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