第56話 推しは人生2/6 *ファン*
一人でぐるぐる考えていると、
「こんなときだからこそ、私たちはいつも通りでいなくちゃいけない。応援してくれているファンのみなさんに、当たり前を届けたい。そう思って、こうしてステージに立たせてもらっています」
JURIが力強く言った。
彼女の言葉に、その決意を秘めた瞳に心がぐっと苦しくなった。
昨日知ったばかりなのにな。涙を堪えて前を向こうとする姿に心を打たれちゃったよ。
同期も、他のファンも泣いている。
凄いなアイドルって。言葉だけでもこんなに人の感情を動かせるんだな。
「それでは聴いてください」
「「未来LIGHT」」
曲が流れ出すと同時に、会場の空気が一気に変わった。さっきまでの暗い雰囲気は吹き飛んで、みんな彼女たちの名前を呼んでいる。
俺はといえば、
「なんだこれ」
苦しかったはずの胸が軽くなって、JURIの動きをひたすら目で追っていた。
自分より年下の女の子に言うのはおかしいかもしれないけど、滅茶苦茶カッコいい。
キレッキレのダンス。ターンに合わせてふわりと舞う髪。なんじゃありゃ。髪も自分で操ってんじゃねえの。
そして、完璧に揃った2人のダンス。
太陽みたいに明るい笑顔で、華が舞うように踊るJURI。
気づけば同期から借りたペンライトを全力で振る自分がいた。
2人を煌々と照らす光とは対照的に、薄暗い客席。その中で輝くペンライトの海。黒色でわかりにくいけど、だからこそ、その光景はまるで夜空に光る星たちのようで。
語彙力のない俺は、美しいとしか表現しようがなかった。
ライブ中盤、
「JURI!」
名前を呼んだその瞬間、彼女の視線がこちらを向いたような気がした。
もしかして目が合った? いやいやそんなわけない。いくら小さな規模とはいえ、700人近い人数がいるんだ。気のせいだ。
でも、たしかに視線がぶつかった。
それがとてつもなく嬉しくて、心からあふれ出した感動は、大きな粒となって頬を伝っていった。
「お前って本当は表情豊かなんだな」
「は?」
ライブ終了後、会場を出て外の冷たい空気を吸い込む俺に同期が言った。
「ライブの最中ころころ表情変わってたぞ」
気づいてなかった?
言われて思い返してみても、記憶にない。
「マジか」
「マジマジ」
そっか。俺って表情豊かだったのか。いっつも真顔だからな。まさかアイドルのライブで新しい自分に気づくなんて思いもしなかった。
「てかさ、お前JURIちゃんと目が合っただろ」
「え」
お前気づいてたのかよ。というか、結構俺のこと観てたんだな。ライブに集中しろよ。
今更言ったって遅いんだけど。
「『気のせい』って思ってない?」
「……思ってる」
なんで俺の考えてることわかるんだよ。エスパーかよ。
たしかに、『目が合った』なんて勘違いだと思ってるよ。
いつまでも立ち止まっていたら他の人の邪魔だから、駅に向かって歩きながら同期は話し続ける。
「あのな、こういうのは自分がそう思ったんなら、そうなんだよ。他人がどう言おうと」
ニヒヒ、と笑う彼を見ながら、
「そういうもんか」
こいつ、こんな風に笑うんだなと思った。
「うん。思ったもん勝ち」
今度はイヒヒヒとちょっと気持ち悪い笑い方をして、
「この後時間ある? あるなら一緒に飯でも食いながら――」
「行こう」
言葉を遮って言った俺がおかしかったのか、
「イヒヒヒっ、お前こんなに面白かったのか。初めて知ったわ。あーマジでお前に声かけて良かった」
いつまでも笑い続ける同期の肩を殴って、俺は適当な飯屋がないかスマホをいじった。
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