第54話 貴女の為の私2/5

「私がグループに参加しなきゃ事務所辞めさせられるって……約束したって聞いた」

「駿ちゃんから聞いたんだよね」

 彼は車内で、私たちが曽田さんと交わした約束のことを「勝手に咲羅に話した。ごめん」と謝ってくれた。

「なんであの日言ってくれなかったの」

 責めるでもなく、ポツリと咲羅の口から零れ落ちた言葉。

 私は庭で風に揺れる木を眺めながら、

「言いたくなかったから。言っちゃったら、さくちゃんは頷くしないじゃん」

 他人を平気で蹴落としてきた彼女だけど、本当は優しい子だから。

 私のことと自分の気持ちを天秤にかけたら、私を優先してしまうことなんて火を見るよりも明らかだった。


「私はね、純粋に『やりたいか』『やりたくないか』。さくちゃんの素直な気持ちが聞きたかったの」

 だけど、正直に言えば良かった。別れる結末になるのなら。無理矢理引きずり込めば良かった。

 後悔しても後の祭りなんだけどね。

「樹里はいつだって私のことを考えてくれるよね」

「うん」

 咲羅は坦々と話す。

「親友の頃からも、恋人になっても、アイドルになってからもずっと」

「そうだね」

 いつだって咲羅を支えたくて、寄り添ってきた。足を引っ張らないように努力してきた。

「永遠に傍にいたかったから」

 幸福に包まれた記念日を思い出して泣きそうになる。私にあれだけ幸せを与えておいて、離れるぐらいなら心中しなきゃね、って笑っておきながら、逃げ出してしまった咲羅。

 本当は責めるべきなんだと思う。怒るべきなんだと思う。でも、私は両方やらない。

 貴女の気持ちを受け止めきれなかった私が悪いから。


「後悔してないの。私のせいで、人生180度変わっちゃったでしょ」

 珍しく弱気な口調。なんだか懐かしいな。フィオのセンターとして11歳でデビューしたとき、兼任が決まったとき、「私にできるかな」ずっと泣いてたもんね。

「しないよ、するわけないじゃん。だって、さくちゃんのことが大好きなんだから」

 あの日もストレートに想いを伝えたつもりだったけど、ちゃんと届かなきゃ意味がないんだよね。

「何回だって、何万回だって言うよ。私はさくちゃんのことがずっと大好きで、愛してるの。隣にいてほしいのはさくちゃんだけ」

 今度こそ気持ちが伝わりますように。ありったけの愛情を言葉に込める。

「死ぬまで一緒にいたいの。アイドルだってそう。カラダが動かなくなって歌が酷いできになるまで、一緒にやっていきたいの」

 死が2人を分かつまで。命の灯が消える瞬間まで、アイドルをやりたいんだよ。


 ザワザワと木々のざわめきが鼓膜を震わす中、

「私はさ」

 今にも消えそうな声で

「醜い人間だよ。最低な人間だよ」

「わかってる。この前も聞いたもん」

 ずっと一緒にいたもん。否定してあげたいけど、できないくらい、貴女がどす黒い感情を抱えてるってこと知ってる。


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