第54話 貴女の為の私1/5

「それじゃあ俺はここで待ってるから。なにかあったら、すぐに連絡ちょうだい」

 心配そうに私を見つめる駿ちゃんに、

「ありがとう。私たち、ちゃんと話し合ってくるから」

 不安を押し殺して微笑めば、彼も微笑んでくれた。


 元々は咲羅のお母さんが持っていたという別荘はかなり大きくて、圧倒されてしまう。

 今から彼女と向き合うことを考えると足がすくみそうになるけれど、必死に前へ前へと動かす。

 こんところでビビってどうするよ。私は咲羅を諦めないんだから。

 自分の心に鞭打って、駿ちゃんから借りた合鍵を使って玄関のカギを開けた。


「にゃ? 駿ちゃんどうしたの、昨日来たばっか――」

 二階から声が聞こえてきたと思って見上げたら、そこにはポカーンと口を開けた咲羅の姿。

「どうしてここに」

 あぁ、久しぶり。ちゃんとご飯食べてたんだね。良かった。安心したよ。

 同時に愛しさがこみ上げてきて、駆け寄って抱きしめたくなる。

「樹里」

「ごめん、駿ちゃんから鍵借りた」

 ダメだね。私たちは今、恋人でも友人でもなんでもないんだから。

 走り出そうとする足を抑えて

「久しぶりだね」

 震える唇で必死に言葉を紡ぐ。彼女の元気そうな姿を見ただけで泣きそうになってしまう私の弱さが情けない。

「相変わらず泣き虫だね。にゃはっ」

 さっきまで戸惑っていたのに、咲羅は階段を降りながら笑った。流石の適応力。

「今日はね、話しに来たの」

「……わかってる」

 笑みを引っ込めて真剣な表情で咲羅は頷いた。

 そんな彼女を見ながら、泣くのはまだ早いよ。頭の中で自分が語りかけてくる。

 うん。ちゃんと話をしないとね。

 咲羅を取り戻すために。


 リビングに案内されて、「ごめん、コーヒーしかないんだよね」という咲羅に「大丈夫、いらないよ」と断りをいれた。

 素敵な家だな。

 壁際のテーブルに並べられた岩本家の家族写真。大きな窓から差し込む暖かな日の光。

 暗くてジメジメしたところに独りぼっちでいたらどうしよう、って考えていたのは杞憂きゆうだったみたい。

 良かった。咲羅が落ち着ける場所にいてくれて。


「座って」

 大きなテレビの前に置かれたソファーに、私たちはちょっと間を空けて並んで座った。

 向かいあわない方が話しやすいときってあるでしょ。

 でも、なにから話し出せばいいんだろう。

 別れ話のこと? グループのこと?

 車で散々考えてきたはずなのに、いざ話し出そうとしたら頭の中がグチャグチャになって言葉が出てこない。

 また逃げられるんじゃないか。

 慎重に言葉を選べば選ぶほど、迷路の中に迷い込んだみたいに出口が見つからない。

 視線を彷徨さまよわせて考えている私の代わりに喋り出したのは、

「あのさ」

 咲羅だった。


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