第53話 探偵辞めるってよ3

「うんうん。それにね、もし事務所ができたら、僕そこで働くから安心して!」

「はい?」

 いいのかそれで。エリアースくんのお母さん、まさか放任主義ですか。

 唖然とする私に、

「それにね、お母さんが言ってたよ。『頼むからまともに就職しくれて』って!」

「おい、間違いなく俺に言ってんじゃねえかよっ」

 心配かけてんじゃん……なにやってんのよ、35歳。まぁ、当然か。弟が探偵なんてやってたら、将来心配するよね。仕事の腕は間違いないけど、いろいろと適当だし、この人。


「だから心配しないでJURIさん。自分がやりたいようにやってよ!」

 エリアースくんの言葉にハッとする。

 私ってば、本当にいろんな人に心配かけてるんだな。申し訳ない。

「そうだぞ。ここで立ち止まってるなんて、お前らしくねえよ」

 四月一日さんが腕を組みながら言った。

 私らしく。それは人に決められることではないけれど、最近の私は自分を見失っていたのかもしれない。

 咲羅を失って、この先どうなるのかもわからなくて。

 前に進まなきゃいけないってわかっていても、現実はなにも変わっていない。

 うん、こんなの私らしくない。

 私は咲羅の踏み台じゃないし、曽田さんのオモチャでもない。

 アイドルになった理由。それは、咲羅を傍で支えたいから。


「そうだね……私、頑張るよ」

 もう下を向かない。

「咲羅を諦めないって決めたの。なにがなんでも説得してみせる」

 拳に力を込めて真っすぐ四月一日さんを見つめる。

 彼は私の視線に応えるように頷いて、

「おっし。その意気だ」

 優しく笑ってくれた。


「おい駿ちゃん。樹里ちゃんの気持ちわかったろ」

 かと思ったら、駿ちゃんに目を向けて、

「いい加減教えてやれよ」

 眉尻を小指で掻きながら言った。

 ん、なにを?

 不思議に思って駿ちゃんを見ると、真剣な表情で

「そうだね。咲羅もそろそろ考えはまとまってるだろうし……」

「さくちゃん?」

 マジでなに。なんでここで咲羅の名前が出てくるの。


「ねぇ樹里ちゃん」

 彼は私の目を真っすぐ見て、

「今から咲羅に会いに行こっか」

「えっ」

 待って、咲羅の居場所は誰も知らないはずなんじゃ。

「俺ね、実は咲羅に定期的に食糧届けてたんよ。隠しててごめん」

 謝りながら駿ちゃんは頭を下げた。

「どこにいるか、ずっと知ってたんだね」

「うん、知ってた。だけど、言い訳を聞いてほしい」

 ため息をつくように私の口から零れた言葉に、顔を上げた駿ちゃんは眉をハの字にしながら話し始めた。

 最初から、咲羅が別荘にいるんじゃないかって予想していたこと。それは当たっていたこと。ずっと走り続けてきた彼女に考える時間が必要だと思って、居場所を隠していたこと。


「本当にごめん」

 再び頭を下げる彼に、

「……いいよ。駿ちゃんの言ってること、正しいから。私にもさくちゃんにも考える時間は必要だったと思うし」

 一緒に生きてきて、こんなに離れたのは初めて。だからこそ、寂しさを感じたし、私には咲羅が必要なんだと実感した。

「今度こそ、すれ違わないように気持ちを全て伝えたい。だから、連れて行ってくれるかな。別荘に」

 駿ちゃんが静かに頷いたのを確認して、私は荷物を手に取った。


 突然行ったらビックリさせちゃうかな。でも、前もって言ったらまた逃げちゃうでしょ。貴女は、本当は臆病なんだから。


 四月一日さんの事務所を後にした私たちは、咲羅が隠れている別荘へと向かった。

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