第52話 約束2/3 *咲羅*
「咲羅を説得できなかったら、事務所を辞める。そういう約束」
「嘘でしょ」
信じられなくて、間髪おかず否定してしまった。
アイドルとして輝きだした樹里が辞めるなんて信じられない。彼女は、事務所にとって必要な人材でしょ。
どうして、あの日言ってくれなかったの。
言ってくれたら……なんて考えるだけ無駄。
多分、逃げ出すことは同じだったと思う。
「嘘じゃないよ。曽田さんにとって大事なのは、咲羅。お前だけだから」
それから彼は、アカ姉や翔、琴美さんも辞める約束だったこと、松岡先生や加賀谷さんも辞める気持ちを固めていることを語った。
「それにね、衣装制作担当の松浦くんも俺たちと一緒に辞めるってさ」
関西弁のあのスタッフさんか。って、
「俺たち?」
待って。それって、
「うん、俺も辞める」
伏し目がちに言われた言葉は、私の頭を真っ白にするのは十分だった。
そんな、まさか。
私のせいでみんな辞めるっていうの。
「どうして……」
「みんな、樹里ちゃんの願いを応援したいから。ついていくって決めたんだよ」
Sorelleとして活動していく中で、どんどん華開いていった樹里。人を惹きつける魅力を身につけた樹里。
たしかに応援したくなるのはわかる。
「でも、辞めてどうするの。アイドルできないじゃん」
辞めちゃったらなんにもできないよ。
言葉を重ねた私に、
「俺と一緒にアイドルやってた四月一日拓哉いるでしょ。今は探偵だけど、廃業して、あいつを社長に事務所を立ち上げる」
表情を消して言った。
「ダメだよ、そんなの。地下からのスタートじゃん。曽田のプロデュースがないと、売れないよ。ダメだよ」
首を振って必死に否定する。
あの人のことは嫌いだよ。でも、プロデューサーとしては最高だから。右に出る人はいないから。
「そんなことみんなわかってるよ。それでもいい、ゼロからスタートしよう。そう考えてるんだ」
私の目を真っすぐ見て言う彼に、
「私がいなくっても……?」
「そう」
唇が勝手に震える。
なんでよ。樹里の隣は私でしょ。支え合って生きてきたじゃん。それなのに、私なしでアイドルをやっていくっていうの。
そんなの、そんなの
「嫌だよ」
呟くように言ってしまった。つい、本音が漏れてしまった。
私がいない世界で輝くなんて許せない。見たくない。
もう自分の気持ちに嘘はつけない。
「樹里は私がいないとダメなんだよ。あの子が輝けるのは、私が一緒にいるからでしょ」
手放したのは私だというのに、言葉は止まらない。
「Sorelleはどうするの。私一人でやっていけっていうの。無理だよそんなの。樹里と私でSorelleなんだから」
言えば言うほど胸が苦しくなっていく。
「今更私を独りぼっちにするの」
やけくそになって、持っていたビニール袋を駿ちゃんに投げる。
袋はふわふわと私たちの間で漂ってゆっくりと床に落ちた。
「樹里ちゃんは咲羅が思ってるより、ずっと強いよ」
袋の動きを追っていつの間にか俯いていた私に、駿ちゃんがハッキリと言った。
「一人でいられないのは、咲羅の方でしょ」
そうだよ。わかってたよ。本当は、私の方が何倍も彼女より弱いって。
樹里はもう自力で輝きを放てるほど、最高のアイドルに成長したって。
そんな事実から目をそらしていたのは、私。
だからあの日彼女から逃げ出した。
私の力がなくってもアイドルとして新しい夢を見つけた樹里が美しくって、羨ましくって。汚れた私には眩しすぎた。
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