第52話 約束3 *咲羅*
「でもね、樹里ちゃんは咲羅と永遠にアイドルをやりたいから、新しいグループをつくろうって決心したんだよ」
知ってる。聞いたもん、あの子の口から直接。
「咲羅が今までやってきたことも受け入れてくれてるんだよ。見ないふりをすることもできたのに、お前の弱いところも、重い愛情もわかったうえで、一緒にアイドルをやろうって言ったんだよ」
あぁ、もう息ができないくらい胸が苦しいよ。息の代わりにこみ上げてくる涙をこらるために瞼を閉じたら、勝手にあの日の樹里の言葉が頭を駆け巡る。
私が監視カメラや盗聴器を使って行動を見張っていたのに、「嬉しかった」と言ってくれたこと。
なにがあっても絶対に離れないと言ってくれたこと。
見捨てたのなら、これからは守ればいいと言ってくれたこと。
貴女とアイドルをやりたいと言ってくれたこと。
「俺はね、咲羅。後悔がないように生きてほしい。今はまだ曽田さんは、樹里ちゃんたちのことを保留にしてる。咲羅を説得できるのは樹里ちゃんしかいないからって」
なにそれ。なにその言い方。
「まるで樹里が道具みたいな――」
「みたい、じゃなくて、曽田さんにとって樹里ちゃんたちは道具でしかないんだよ。咲羅の踏み台でしかないんだよ。それも、わかってたでしょ」
あの人の私に対する態度が異常なことくらいわかってた。自覚してた。甘やかされてるって。
だから散々我が儘を言ってきたし、みんなを振り回してきた。
私は調子に乗ってたんだ。今更気づいたって遅い。
俯いたままうだうだ考える私に、
「まだ間に合うよ。今からでも遅くなんてない。樹里ちゃんは、咲羅が帰って来てくれるのを待ってる」
駿ちゃんは優しく言った。
「……」
樹里を傷つけてしまった事実は消えない。大切だったはずのメンバーたちを踏みつけてきた過去も変えられない。
でも、まだ間に合うのかな。
「私は変われるのかな」
呟くように言った言葉は、しっかり彼に届いた。
「変われるよ。咲羅に一歩踏み出す勇気さえあれば」
漸く顔を上げた私の目に映ったのは、頬に一筋の涙が伝いながらも笑う駿ちゃんの姿だった。
なんであんたが泣いてんのよ。泣きたいのは私だっての。
いや、私の代わりに泣いてくれてるのかな。駿ちゃんはいつだって私たちの味方だから。
素直に泣けない私の分まで泣いてくれてるんだよね。
「ゆっくり考えて。自分の気持ちと向き合って。俺から言えることは、もうそれだけ」
床に落ちたビニール袋を拾って、
「待ってるから。俺も、茜や翔も、琴美も、三春も大昇も、樹里ちゃんも」
また食べ物持ってくるわ。
そう言って手を振りながら出ていった。
静かになったリビングで、テレビの前に置かれた水色の2つの箱に目を向ける。
樹里とお揃いの指輪とブレスレット。
捨てればいいのに、捨てられなかった。
大切な思い出だから。かけがえのない愛に満ちた日々を過ごした証だから。
ううん、それだけじゃない。
樹里に未練があるから、だね。
これからどうすればいいのか、なんてわからない。
樹里が曽田と交わしてしまった約束。
私は、樹里にアイドルを続けてほしい。事務所を辞めても続けるらしいけど、それは私が望む形じゃない。
私の隣でアイドルとして咲き誇ってほしい。私の傍で笑っていてほしい。私を、好きなままでいてほしい。
そのためには……。
ソファーにゆっくりと座って、グチャグチャになった私の心とは正反対に晴れ渡る外の世界の光が差し込む窓をじっと見つめた。
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