第52話 約束1/3 *咲羅*

*咲羅*

 樹里と別れてから数週間が経った。

 あの日以来スマホの電源は落としっぱなし。それでも、ニュースは把握してる。

 私が無期限活動休止になったことも、退所するんじゃないかと騒がれていることも。

 ここにはテレビがあるからね。お母さんが使っていたパソコンもある。

 不便なのは、近くにコンビニもスーパーもないこと。

 食料の調達ができない。

 別荘に来るのは久しぶりだったからさ、忘れてたんだよねえ。

 最悪。

 と思いきや、私が姿を消した2日後、駿ちゃんが現れた。


「やっぱりここにいた」

 鍵を使って堂々と入ってきた彼は両手に大きなビニール袋を持っていた。

「なんで……」

 ソファーに寝っ転がって唖然とする私に、

「咲羅が考えることなんてわかるっての。にゃはは」

 明るく笑い飛ばされちゃった。

 全く。やっぱりあんたには敵わないよ。GPSがなくたって、私の行動は予想済みってわけね。

 てか、私が隠れられる場所はここしかないから、予想できるのは当たり前か。


「ほい、食糧」

 なんにも考えずに来ちゃったことを軽く後悔していると、ずいっとビニール袋を差し出された。

「んにゅ?」

 起き上がって受け取ると、

「あ、ご飯じゃん!」

 パックのご飯。レトルト食品、お菓子など、沢山の食べ物が入っていた。

「こっから歩いてったら、一番近いコンビニでも1時間はかかるでしょ。そこまでして食べ物買いに行かないでしょ、貴女は」

「その通りです」

 わたしの考えてることもお見通しってわけね。流石だわ。


 彼から受け取った食糧をテーブルに並べながら、

「ねぇ、駿ちゃんがここに来たってことはさ、樹里――」

「あの子も、曽田さんもなにも知らないよ」

 スパッとキュウリか人参か、切れそうな勢いで駿ちゃんは言った。

 そっか。教えてないんだ。

 一人になりたくてここに逃げてきたから嬉しいはずなのに、寂し感じてしまうのは何故だろう。

「一人で考える時間が必要かなーと思ってさ」

 彼は袋から食べ物を取り出すのを手伝いながら、

「樹里ちゃんには申し訳ないけど」

 眉をハの字にして、笑った。

「……ありがとう」

 正直、今樹里と話せって言われても、また逃げ出す自信しかない。そんなクソみたいな自信あってたまるかってのはわかってるんだけど。

 だけど、心のどこかで「樹里に会いたい」と思ってる私もいて。

 馬鹿だよね。矛盾してるよね。

 自分から別れを告げたのに。


「昨日さ、曽田さんとこ行ったのよ。茜や翔、琴美と樹里ちゃんと」

 なんでそのメンバー……いや、考えるまでもない。

「グループ結成の話?」

「うん」

 ガサガサとビニール袋の音だけが部屋に響く。

 私がいなくっても、世界は回っていくんだなあ。当たり前の話なのに、樹里が一人で行動を起こせるほど強くなってしまったことが、寂しい。

「あのさ、樹里ちゃんに咲羅となにがあったのか聞いたんだけどさ」

「全部知ってるんだ」

 話したんだね。あの日なにがあったか。

 駿ちゃんが手を止めて私を見ているのを感じるけれど、無視してひたすら手を動かす。

「樹里ちゃんが曽田さんとした約束のこと、知ってる?」

「……は?」


 待った。なにそれ。

 思わず手を止めて、彼と視線を合わせてしまう。

「知らない」

 あの子は曽田さんとなにを約束したの? なにも聞いてないよ。

 戸惑う私に、

「やっぱり知らなかったか」

 呟くように言って黙ってしまう。駿ちゃんは視線を彷徨さまよわせている。

 言うべきか言わないべきか迷ってるんだよね。

 いやいやいや、ここまできて言わないとかないから。

「教えて」

 意図せず強い口調になっちゃったけど許して。

 駿ちゃんも手を止めて、私と再び視線を合わせた。


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