第49話 私たちは道具3

「あの人のことはもうどうでもいいよ。兎に角私たちは、咲羅の件が片付かない限り宙ぶらりんってことね」

「そうですね……」

 アカ姉さんたちには申し訳ないけど、

「さくちゃんが本当にアイドルを辞めるのか、それとも本心では続けたいのか。ハッキリするまで曽田さんは、私たちのことを放っておくつもりだと思います」

 こればっかりは自分ではどうしようもない。


 居場所もわからず連絡もとれない咲羅。

 ねぇ、会いたいよ。今すぐ抱きしめてよ。

 家で散々泣いたというのに、心が寂しくなって涙がこみ上げてくる。

 ダメだよ、もう泣くのはやめよう。いつまでも泣いていたら前に進めない。

 そう頭ではわかっていても、心は追いついてくれないんだけどね。

 3月に入ったら映画の撮影が始まるっていうのに。それまでに咲羅との別れを受け入れられるだろうか。

「はあ……」

 小さくため息をつく。帰ったら台本を読まないと。

 私たちのごたごたは、映画には関係ないんだから。あんまり出番がないとはいえ、手は抜けないし、迷惑をかけられない。


「よしっ、今日はもう帰ろうか」

 いつの間にか静まり返っていた会議室に、駿ちゃんの明るい声が響いた。

「俺運転するわ」

「え? いいよ~、三春は助手席に――」

「いいから。お前疲れてるだろ」

 そっか。ちょこちょこ電話をかけていたし、咲羅の決まっていた仕事をキャンセルせざるを得なくて、各方面に謝罪して。大変だったはずなのに、朝からずっと私に付き添ってくれた駿ちゃん。

 疲れてないはずがない。

三春みはるぅ」

 松岡先生の言葉で自分が疲れていることを初めて自覚したのか、へにゃへにゃとした笑みを浮かべながら、彼は肩の力を抜いた。

「駿ちゃん、ありがとうね」

 気づけば、勝手に口から感謝の言葉が出ていた。

「んにゅ? いいでやんすよー。俺っちの仕事でやんすからね。にゃははっ」

 いつも通り明るい彼に、場の雰囲気がやわらかくなるのを感じた。


「それじゃあ帰ろう! あ、大昇たいしょうは自分で帰ってね」

「なんでだよ。俺も送っていけよ」

 わちゃわちゃと楽しそうに話している駿ちゃんと加賀谷さんを見ていたら、心がちょっと軽くなった気がする。

「仕方ないなあ。今日だけね」

「仕方ないってなんだよ、おい」

「にゃははは」

 わざとテンションを上げて笑いながらドアを開けた駿ちゃんに続いて、私たちも会議室を出た。


 深夜、某週刊誌がネットに記事をアップした。

『Sorelle・JURI、元フィオ・井上茜、元Rose・白井翔、Roseリーダー・佐久間琴美、契約解除か』

 スタッフさんがリークしちゃったんだろうなあ。まだ本決まりじゃないってのに。全く、最悪だよ。

 おかげで翌日登校したら、クラスメイトたちは遠巻きに私を見つめるだけ。いつもなら話しかけてきてくるのに。これじゃあ腫れ物扱いじゃん。

 私が独りぼっちのとき、声をかけて助けてくれる咲羅は登校していない。

 当分はこんな生活が続くのかと思うと、昨日軽くなったはずの心が再び重くなった。


 あとさ、咲羅から貰った指輪とブレスレットなんだけど。

 流石に学校では指輪をはめていないけれど、家に帰ったら即行でブレスレットと指輪をつけてしまう。

 習慣はそう簡単に変えられない。

 消えてしまった彼女の温もりの代わりに、私はそれにすがるしかないんだから。

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