第47話 最愛の人4 *咲羅*
*咲羅*
「待って!」
樹里の叫びにも似た声を背に受けながら、私はエレベーターに向かって歩いた。
自分勝手に別れを告げたくせして、ボロボロと零れ落ち続ける大粒の涙。
樹里も泣いているだろうか。彼女の最後の苦痛に満ちた顔が頭にこびりついて離れない。
この一年で、磨かれ力強く輝きを増した宝石みたいな美しい瞳。
きっと泣いてるんだろうなあ。あの子は泣き虫だから。
私も人のこと言えないけど。あの子の陰に隠れていただけで、割と泣き虫なのよ。
そんなどうでもいいことを考えてる場合じゃないってことぐらい、わかってる。
死ぬまで離さないって誓ったのに、逃げ出してしまった。
指輪やブレスレットで縛り付けておいて、私が手を離してどうするよ。
樹里が、私と曽田が手を組んで最低なことをしてきたことに気づいているってわかっていたのに、重い愛を受け入れてくれているとわかっていたのに。
いざ目の前に突きつけられてしまったら、気づけば逃げ出していた。
後悔してももう遅い。出てしまった言葉は消えない。引っ込められない。
だけどね、心のどっかで「これが正しかったんだ」って思ってる自分がいる。
華開こうと努力する少女たちの夢を枯らしてきた私が、太陽や月よりも光り輝くように成長した樹里と一緒にいていいはずがない。
今更気がつくなんて。
とっくの昔から私は汚れていたのに。
遅すぎたね。
もっと早く気がついていれば、樹里を傷つけずに済んだかもしれないのに。
ごめん。本当に、ごめんね。
いくら謝っても足りないし、伝わらないけど。心の中でひたすら謝りながらスマホをバッグから取り出す。
いつの間にか泣き止んでいた私の代わりに、外はしとしとと雨が降っていた。
誰もいないエントランスで立ち止まり、
【アイドルを辞めます】
一言だけ曽田にメッセージを送った。
すぐに彼から着信があったけれど、出ることなく電源を落とし、スマホをしまう。
樹里を傷つけてしまった私はもうアイドルを続けられない。
私がステージに立ち続けた理由は、樹里だったんだから。
最初はお母さんに憧れて、アイドルっていいなあって思ってた。でも、父親が蒸発して毎日泣いてた樹里を見ていたら、「私が笑顔にしなくちゃ」そう思うようになった。
そうだ、人を
ただ、樹里を笑顔にしたかっただけだった。
あーあ、いつの間にか忘れてたなあ。アイドルになった理由。
「にゃははっ」
私の笑い声は、雨の音に吸い込まれていく。
心の中にぽっかりと開いた穴は当分は埋まりそうにない。
樹里も同じように感じてくれてるといいな、なんて思う私は、イカれてる。
手放したくせにね。
先ほどよりも強くなった雨を眺めながら、彼女と過ごした日々を振り返る。
不毛で普通じゃない恋愛だったけど、樹里のおかげで温もりに満ちあふれた日々だった。
私がどんなに我が儘を言っても許してくれて。
それは、愛があってこそだったのだと。私のことを心の底から愛しているから、甘やかしてくれていたのだと。今ならわかる。
ホントに、全部ぜーんぶ気づくの遅すぎっ。
馬鹿だよなあ。
これからの私は、幸せだった日々のカケラを大事に拾い集めて静かに生きていくだけ。
もう人を貶めたりしない。
自分の醜く腐った感情と向き合っていくんだ。それが樹里に対する、せめてもの償いだ。
どうか私のことは忘れて、幸せな人生を歩んでね。アイドルを続けてね。
私がいなくたって、琴美さんやアカ姉たちとなら最高のグループをつくれるよ。観たことない景色が見えるよ。
だけど、これが本当に最後の我が儘を言わせて。
貴女を想い続けることをを許して。
お揃いの指輪をはめた手をギュッと握り締める。
この先、貴女以上に愛おしい人に出逢えるとは思わないから。
世界で一番大切だった人。初恋の人。人生の中で一番愛した人。
さようなら。
私の代わりに泣いてくれている外に向かって、傘を持たない私はゆっくりと足を踏み出した。
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