第36話 望み4

「咲羅のことは、私が絶対に説得してみせます。だから、アカ姉さんの本心を教えてください」

 同じグループで、一緒にステージに立ちたいんだ。

「研究生として事務所に残っているのはなんでですか。アイドルを続けようとしているのはどうしてですか」

「それは……」

 少し俯いてしまった彼女の表情は見えない。それでも、私は言葉を続ける。

「こんなところで終わるつもりですか。黒歴史上等でしょ。アカ姉さんは、そういうキャラでやってきたでしょ。そんな貴女を愛してくれるファンを大切にすればいいんです。アイドルに対して興味のない、毒を吐く対象を探しているだけのアンチなんて、気にしなくていいんです」

 大分上から目線になってしまったけれど、これぐらい強い言葉で言わないとアカ姉さんの心に想いは届かない。

「あのね、樹里ちゃんがアカ姉に参加してほしいって言ったのは、Sorelleの動画を観たからなんだよ」

 そうだよね? 琴美さんの視線を受け、頷いた。

「私たちの曲を歌って、踊ってくださってありがとうございました。あの力強いパフォーマンスに、魅了されちゃったんです。でも、このままじゃアカ姉さんは研究生で終わっちゃいます。そんなの、嫌です」

「上から目線だね」

 顔を上げたアカ姉さんは、笑っていなかった。真剣な表情で私を真っすぐ見つめてくる。

 私も目をそらさない。逃げるなんて選択肢、ない。


「すみません。その通りです。だけど、本当にアカ姉さんが必要なんです。お願いします」

 頭を下げる。どうか、私の想いが伝わりますように。

「申し訳ないけど、即答はできない」

 それって、考えてはくれるってことだよね。

 頭を上げると、眉間に少し皺を寄せて鋭い目つきをしたアカ姉さんがいた。

「私の罪は重いから」

 彼女にとって、研究生でい続けることは自分を罰することなのかもしれない。でも、もういいじゃん。自分を許してあげても。過去は変えられないからこそ、前を向いて、やり直せばいいじゃん。

「アカ姉さん、貴女には応援してくるファンが今でもちゃんといます。それは、動画のコメントを見ていたらわかりますよね」

 Sorelleの曲のパフォーマンス動画。大量のアンチコメントの中に、彼女が復活することを望んでいる温かいファンの言葉も沢山あった。

「みんな、またステージに立つ姿を観たがっているんです。そのことを忘れないでください」

 アカ姉さんは静かに頷いた。


「あーやっぱり難しかったね」

 アカ姉さんの部屋を出てエレベーターに向かいながら、琴美さんは長い髪にクルクル指を絡めて言った。

「すんなり説得できるとは思ってませんでしたけど、前途多難すぎる……」

 肩をおとす私の肩を叩いて、

「言い出しっぺがそんな弱気でどうすんの! アカ姉は断ったわけじゃない。考える時間は、自分の気持ちに向き合う時間は必要だよ」

 たしかにその通りだ。私が弱気になっちゃいけない。言い出しっぺだし、まだ説得しなくちゃいけない人がいる。

 それに、

「武道館ライブに招待しましたし、私たちのパフォーマンスでやる気にさせてみせます」

「その意気だよ」

 エレベーターに乗り込みながら、気合を入れ直す。

 私はアイドルになったんだから、アイドルらしい方法で想いを伝えてみせる。


「てかさ、その指輪。似合ってるよね」

「ふぇっ!? あ、ありがとうございます」

 このタイミングで言われると思ってなかったから、変な声出ちゃったよ。

 琴美さんは「ふふっ」と笑って、

「さくちゃんとお揃いだよね。羨ましいわ~。あっ、じゃあまたね」

 照れている私をほったらかしにして、彼女はさっさと自分の部屋がある階で降りてしまった。

「言い逃げかーい」

 私の叫びはむなしくエレベーター内に響きわたった。

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