第36話 望み3/4

 黙ったままの私に琴美さんは言葉を重ねる。

「でも、もし本当に行動に移すなら、私以外の3人を説得しなきゃね。あと、ラスボスの曽田さん」

「そうですよね。わかってます。だけど、曽田さんなら説得してみせます」

「どうやって?」

 涙をこらえて、彼女の目を真っすぐ見る。

「脅します」

「物騒だなあ」

 ですよね、物騒ですよね。

「あの人には、脅す材料があるんで」

「そっか」

 詳しくは言えないけれど、現在進行形で探偵の四月一日わたぬきさんに調べてもらっているところだ。もう少しで材料が集まる、そう聞いてる。


「じゃあ、心配ないね」

「信じてもらえるんですか」

「勿論。今、樹里ちゃんが冗談や嘘を言う理由なんてないし」

 信頼してもらえるなんて。よし、決めた。咲羅はきっと嫌がるだろうけど、私は決めたんだ。

 咲羅をアイドル界の女王でいさせ続けるためにも、テッペンに連れて行くためにも、私は動き出さなきゃいけない。

「それじゃあ、外堀を埋めていかなきゃね」

「はい……って、え?」

「思い立ったが吉日、でしょ。即行動しなきゃ!」

 目を丸くする私に、

「まず、誰から話しに行く?」

 口角を上げて、ちょっと悪い顔をして聞いてきた。今まで見たことがない表情。きっとファンが見たらギョッとするんだろうな。

 私もビックリしてます。色々と。てっきり反対されるもんだと思っていたから。

 さっき「羨ましい」って琴美さんは言ったけれど、私も羨ましい。その行動力が。こりゃ、私も負けてられないな。

「まずは――」


 翌日、私と琴美さんはある人物の部屋に突撃した。

 あ、ちゃんと事前に行く連絡は琴美さんがしてくれてるから大丈夫。咲羅みたいにアポなしで突撃かましたりしません。

 事務所所有のマンションの一部屋。私たちの部屋の数階下。

 ピンポーン。

 インターホンを鳴らした数秒後、くだんの人物がドアを開けた。

「アカ姉さん、お久しぶりです」

 元フィオのメンバー、現研究生の井上茜が

「久しぶり」

 微笑みながら、私たちを部屋に入れてくれた。


 琴美さんは「話がある」と伝えただけで、詳細は一切伝えていない。

「大したもの出せなくてごめん」

 そう言いながらアカ姉さんは、私たちにココアを出してくれた。

 アカ姉さんも苦いの飲めない口なのかな。私と一緒じゃん。親近感覚えるわ。

 こんな余計なことを考えてしまうのは、緊張してたまらないから。

 震えそうになる手を寒さのせいだと言い訳をして、ココアを一口飲む。甘っ、心にしみる。


「それで、話ってなに?」

 私たちの向かい側に座った彼女は、飲み物に口をつけることなく言った。

 おっと、私が話を切り出すつもりだったのに。これじゃあ彼女のペースで話が進んでしまう。

 まだ心の準備ができてない、って言ってる場合じゃないよね。私が言い出しっぺなんだから。

「私、アカ姉さんたちとグループを組みたいんです」

「は?」

 怪訝そうに私の顔を見つめられた。そりゃそうだ。誰だっていきなり言われたら、そんな反応になる。

「樹里ちゃんいきなりすぎ」

 琴美さんが苦笑しながら、

「実はね」

 昨日の話を大方話してくれた。

 5人でグループを組みたいこと、女性アイドルの壁をぶち壊したいこと。

 スラスラと説明してくれたおかげで、アカ姉さんは「成程ね」と頷いてくれた。

「声をかけてくれたのは嬉しいよ。実現可能かはおいといて。だけどね、私は入れない」


 断られることなんて、想定済み。だって彼女は

「降格させられたからですか」

 真っすぐ目を見つめて言うと、寂しそうに笑って頷いた。

「それもある。私が咲羅にしてきたこと、わかってるでしょ。わざとデマを流して、おとしめようとした。ファンのみんな知ってるんだよ。こんな私がまたアイドルになること、許してくれるはずがない。咲羅と一緒に活動していいわけがない」

 言葉を切ったアカ姉さんは、漸く飲み物に口をつけた。

 彼女が言ったことはもっともで。否定しようがなかった。中絶、ホストクラブに毎晩通っていることもバレたアカ姉さんが再びステージに立つことに拒否反応を示すファンは、きっと沢山いる。

 それでも私は。




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