第35話 記念日6

「樹里、ねえ、樹里」

 ああああもうっ。愛しい人が名前呼んでるんですよ、上げるしかないじゃんかよお。

 そっと顔を上げたら、咲羅もほんのりと頬を赤く染めていた。

 なんだ、照れてるのは私だけじゃないじゃん。

 そう思っていたら、

「一緒に暮らそう」

 爆弾落とされました。油断してたから、特大です。わーお。無理。


「いっ、今とそんなに変わらないじゃん」

「そうだね。だけど、一緒に暮らそう。毎日、樹里がいる部屋に帰ってきたい。毎日、樹里と一緒にご飯を食べたい。一緒におばあちゃんになりたい。あ、私の部屋はあのままにしとくよ。なんかあったとき、距離をとることも必要だと思うから」

 駿ちゃんからのアドバイスだけど。

 微笑みながら言った彼女の顔を、真っ直ぐ見ていられなくなった。

 心が震えて、涙が溢れ出てこようとする。

 いいの、私。こんなに幸せになって。咲羅の隣にいられるだけで幸せだったのに、もっとずっと傍にいたくなって、恋人になって、アイドルになって。

 それだけでも十分だと思っていたのに。これ以上幸せになっちゃっていいの。


「私と一緒に幸せになってよ」

 優しい声で、まるで私の考えなんてお見通しみたいに言われてしまった。そうだね、私がさくちゃんの考え方が全部わかるように、貴女も私の考え方、全部わかるんだよね。

 一緒に頑張ってきたもんね。支え合ってきたもんね。

「返事、聞かせてよ」

 男前だなあ。流石女王様。ううん、今は茶化してる場合じゃないね。

 1年経っても、私は恋愛面でなんにも成長してない。告白も咲羅から言わせちゃったし。ホント情けないけど、だからこそ、ちゃんと気持ちを伝えなきゃ。

 私の精一杯の愛情を。


「うん、一緒に暮らそう。一緒に、幸せになろう。私以外と幸せになるなんて許さないから。そんなことしたら、呪ってやるから」

「おー怖っ」

 肩をすくめてバカにしたように言ったけど、ちゃんと見えてるよ。貴女の大きくて、ダイヤ以上に美しいその瞳に涙が浮かんでいるのを。

 あぁ、もうダメだ。

 こらえきれない涙が頬を伝っていく。

「泣かないで」

「無理」

「即答かよ」

 にゃははっ、と笑いながら、咲羅は立ち上がって私を抱きしめてくれた。

 心まで温かくなる彼女の温もりを感じながら、

「絶対私から離れるなんて許さないから。さくちゃんが離れたくなっても、離してやんないから。絶対、絶対だから」

「それなら心中しんじゅうするしかないねえ。にゃははっ」

 貴女がずっと傍にいてくれるのなら、心中でもなんでもしてあげるよ。でも、できればおばあちゃんになっても一緒にいたいから。

「一緒に長生きしようね」

「うん」

 咲羅の背中に手を回して、ぎゅーっと抱きしめてやった。

「痛い痛い」

 そう言いながらも、抱きしめ返してくれる咲羅は、やっぱり優しい。

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