第34話 事件3/4

 両腕で顔をかばい思わず目を閉じたその瞬間、

「樹里ちゃん!」

 駿ちゃんの声が聞こえたのと同時に、ドスっとなにかに包丁が刺さった音がした。

 まさか……まさか駿ちゃん。

 ドサっ、となにかが落ちる音がして、目を開け、腕の隙間から目の前を見る。

 そこには、包丁が刺さった駿ちゃんのバッグと、駿ちゃんに取り押さえられる華那ちゃんの姿。

 良かった、彼が刺されたわけじゃなかった。

 ホッとする私とは対照的に、華那ちゃんは叫び出す。

「触んな! 止めんなよ! お前も邪魔なんだよっ」

 ヒステリックに喚く彼女の声に、異変を察したスタッフたちが集まってきて、彼女は私から遠ざけられた。

「取り敢えずそこの会議室に入れて! あとは……曽田さんにも連絡っ」

 肩で息をしながらも、駿ちゃんはスタッフさんたちに的確に指示をしていった。


 そして、床に座り込んだままの私の元へとやって来て

「ごめん、駆けつけるのが遅くなって。一人にして。本当にごめん」

「……うっ、ううん。謝らなくていいから。私は大丈夫だ――」

「大丈夫じゃないでしょ」

 必死に頭を振る私に、優しく、だけど鋭く言った。

「怖かったよね。でも、よくここまで逃げてこられたね。頑張ったね」

 優しく頭を撫でてくれるもんだから、もう我慢できなくなった。

「うん、うん、うん、怖かったあああああ」

 緊張がとけて、涙がボロボロ零れ落ちていく。

「好きなだけ泣きな。大丈夫だから」

 わんわん子どもみたいに泣く私を、駿ちゃんは静かに、ずっと撫で続けてくれた。


 その後、華那ちゃんがどうなったのかは詳しくは知らない。後から曽田さんが来たみたいだけど、号泣していた私は彼の姿を見ていなかったし、駿ちゃんも頑なに詳細を話そうとしなかった。

 でも、事務所から『フィオ3期生・中井華那は本日をもって契約解除となりました』とその日の夜中に発表があって、SNSは大荒れだった。「なにがあったんだ」「なにやらかしたの?」様々な憶測が飛び交っていたけど、事務所は詳細を発表しなかった。

 今回ばかりは、ストーカー事件を内密に処理したときのように、お咎めなしとはいかなかったみたい。

 そりゃそうだよね。事務所内であんな事件起こしたんだから。それなのに警察沙汰にならなかったのは、大事おおごとにしたくないっていう事務所の考えがあったのは勿論、私も派手な騒ぎにしたくなかったから。

 たしかに華那ちゃんがやったことは犯罪だし、ストーカーのことと併せると、尚更許せない。

 それでも、彼女の人生を潰したくない。まだまだ若いんだもん。前科がついちゃったら、彼女の人生は絶望的でしょ。

 甘いって思われてもいい。私は、推しの幸せを願いたいの。底辺でもいいから、ちゃんと生きていてほしいの。


 我が儘いってごめんね、駿ちゃん。あと、助けてくれてありがとう。

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