第34話 事件2/4
ストーカーの件以来、一度も喋らず連絡も絶っていた彼女が、じっと私を見て立っていた。不自然に、バッグに手を突っ込んだまま。
え、なに。雰囲気が怖いんですけど。
背中をツーと冷や汗が伝う。
うわあ、嫌な予感がする。視線が怖い。ただ立っているだけなのに、恐怖を感じる。
彼女からそっと目をそらそうとしたその瞬間、バチっと目が合ってしまった。
あ、ヤバイ。
本能が叫ぶ。逃げろって。
でもカラダは動かない。だって、華那ちゃんがゆっくりとバッグからキラリと光るものを取り出したから。
「包丁っ」
ヤバイヤバイヤバイ。動いて、私のカラダ!
恐怖で
私が一歩下がる度に、華那ちゃんは一歩距離を詰めてくる。
待って待って、これ走り出したら絶対追いかけてくるじゃん。逃げ足には自信あるけど、今この状況で全力疾走はできない。
足が言うこと聞いてくれないんだもん。
それでも、ダッシュするしかない。
両手に缶ジュースを持ったまま、カラダを
案の定、華那ちゃんは追いかけてきた。見なくてもわかる。足音でっ。
ヤバイヤバイ。なにあの子めっちゃ足速いじゃんか! このままじゃ追いつかれる。
必死に階段を駆け下りる。数秒遅れて、華那ちゃんも階段を降りてくる足音がした。
距離詰められてるじゃん!
大声で誰かに助けを求めればいいんだけど、焦れば焦るほど声が喉につっかえて出てこない。
あぁぁぁぁもうっ、どうすりゃいいの!
もう無理、これ以上階段降りれない。誰かがいることに望みをかけて、適当な階の廊下に飛び出した。
「……っ」
誰もいない。最悪。大失敗っ。
でも立ち止まっていられない。無我夢中で踏み出そうとした瞬間、足がもつれて転んでしまった。
「痛っ」
膝を強打しちゃって動けない。
「樹里ちゃん」
後ろから、ハッキリと華那ちゃんの声が聞こえた。
反射的に振り返って、後悔する。
彼女は笑っていた。微笑みを顔に浮かべて、私をうっとり見つめていた。
怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖いっ。
私と彼女の距離は、たったの数歩分しかない。彼女は一歩、一歩距離を詰めてくる。
未だ握りしめたままだった缶ジュースをぶん投げたけど、華麗に避けられた。
ヤバイよ、どうしよう。
震えて使い物にならない足を引きずるように、しりもちをついたまま両手で必死に距離を取ろうとするけど無意味。
誰か、誰か、誰か、
「……たっ、助けて!」
漸く絞り出すように出せた大声に、華那ちゃんは足を止めた。だけどそれも一瞬で、すぐに私に近づいてきて。
あっという間に私を見下ろす形になった。
「逃げないでよ。どうして逃げるの。私、樹里ちゃんの推しでしょ。逃げないでよ。連絡先ブロックしないでよ。逃げないでよ。樹里ちゃんは私の推しなんだよ。逃げないでよ。一緒に練習したじゃん、一緒にご飯食べに行ったじゃん。どうして逃げるの? 私から距離を取ったの? ねえ、ねえ。岩本に言われたから? ねえ、付き合ってるんでしょ? ねえ、ねえ。どうして私のものになってくれないの。私可愛いでしょ? いい子でしょ? ねえ、ねえ」
「誰かっ」
再びあげた大声に、華那ちゃんは眉をひそめて、
「答えてくれないんだ。もういいよ」
彼女はどこに置いてきたのか、バックを持っていなかった。でも、しっかり包丁は握りしめていて。
「私と一緒に逝こう」
コロっと表情を変え、満面の笑みで両手で包丁を握り、私に向かって振りかざしてきた。
殺されるっ。
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