第31話 念願の2

 本当に? 嘘じゃないよね?

 疑う気持ちが顔に出ていたのか、曽田さんは

「嘘じゃないよ」

 と笑みを消して言った。

 マジだ。曽田さんのこの表情は、マジだ。

「あれ、もっと喜ぶと思ったんだけどな」

 喜んでます。喜んでるつもりです。でも、ビックリの方が勝っちゃって、フリーズしちゃってるんですよ、私。

「えぇぇぇぇ、やったね! 樹里!」

 咲羅に抱き着かれて、漸くフリーズ解除。あんたも固まってたはずなのに、立ち直り早いな。伊達にアイドル約6年もやってないことっすかね。経験の差ですかね。

「やっ……やったね」

 頭の中ではこんなにもお喋りできてるのに、口から出た言葉は「やったね」が精一杯。対応力ゼロかよ。ポンコツかよ。

 そんな私を放置したまま、曽田さんは再び口を開く。

「そして、武道館に向けて2月の頭にアルバムを発売するから。よろしくね」

 じゃあ。と言って、曽田さんは出て行ってしまった。


 待って待って待って、頭がついていかないのよ。アルバム? あ、それは咲羅から前に聞いてたわ。うん、それは大丈夫。

 大事なのは、大事なのは、

「日本武道館……で、ライブ……」

「2人で立てるんだよ! 夢が叶ったんだよ!」

 感情が大爆発してらっしゃる咲羅さん。立ち上がっちゃってます。はしゃぐ彼女の様子を見ていたら、漸く私も実感がわいてきて

「やったね、うん、やったね!」

 立ち上がって、手を取り合ってジャンプしながらぐるぐると回る。

 やったよ! 私がアイドルになるときに曽田さんと約束した、「1年で結果を出す」「日本武道館でライブをする」が叶えられた! やったあ。

 どうしよう、泣けてきちゃった。


「およよよ、樹里ってば泣かないでえ」

 よしよしって頭を撫でてくれる咲羅は、やっぱり私の天使だ。愛おしい。思わず抱きしめると、

「にゃはっ、今日は愛情表現が激しいねえ」

 うるさい。駿ちゃんが生温かい目で見ているとか、カメラが回ってるとかどうでもいい。私は今、この感情を大切にしたいんだ!

「ぐすっ、頑張ってきてよかったあああ」

「うんうん、そうだね。一生懸命走ってきて良かったね。あと、ファンのみなさんのおかげです」

 彼女がカメラにピースするもんだから、私もカメラに向かってピースをする。咲羅の肩に顔をうずめたままですが。非常にカッコ悪いですが。今日は勘弁してください。お願いします。

 でも、ちゃんと私もお礼を言わなきゃね。

 鼻をすすりながら咲羅の肩から顔を上げ、ゆっくりとカラダを離した。そんな私の背中を咲羅は優しくさすってくれている。

 深呼吸して、カメラに視線を向けた。

「ファンのみんなのおかげでミリオンが達成できたし、夢を叶えることができました。今年一年、本当に忙しくて大変でしたが、みんな、ついてきてくれてありがとう。来年も楽しみにしていてくださいっ」

 言い終わると同時にポロポロと涙が零れ落ちた。あーもう、本当にカッコつかないなあ。

 咲羅は私の言葉を引き継ぐように、

「私たちはこれからも進化していきます。来年もよろしくねー。それじゃあ、バイバーイ」

 ちゃんと配信を締めてくれました。サンキュー。


「おめでとう、2人とも」

 駿ちゃんが席を立ち、私たちの頭を撫でてくれた。優しいぃ、お父さんみたいぃ。一家に一人、駿ちゃんを所望します。

「駿ちゃんもありがとうね。私の練習に付き合ってくれて」

「およよ、それぐらいいいでやんすよー。来年からも付き合うんで、よろしくぅ」

 無駄にテンション高いなあ、おい。いや、あんたのそういうところ好きだし、救われてるときもあるし。小言は言わないでおこう。

「樹里、私たちはまだスタートラインに立ったばっかりだからね。目指すは――」

「アイドル界の頂点、でしょ。わかってる。日本武道館がゴールじゃない」

 涙を拭って、咲羅と向き合う。

 力強い視線。うん、私は貴女のその視線が大好きなんだ。

 咲羅が言った通り、これで漸く私たちはスタートラインに立てた。立ち止まっている暇はない。これまで以上に猪突猛進、突っ走っていくだけ。

「頑張ろうね」

「うん」

 カメラが未だに回っていることなんて、頭の中に既になかった私たちは、再び抱きしめ合った。


 その後、SNSでは「2人ともおめでとう!」「なにあの空間尊い」「尊すぎて拝んだわ」「頑張れ!」というコメントで溢れていました。

 本当にみんな、ありがとうね。

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