第32話 年末歌番組1/3

12月31日(金)

 Sorelleが年末歌番組に初出場するめでたい日であり、咲羅がRoseとして活動する最後の日でもある。

 めでたいけど、めでたくないような……。

 恋人である前に推しだからさ、やっぱり寂しいわけですよ。今日限りで『Rose vampバンプセンター・岩本咲羅』を見られなくなるのは。

 私たちの出番は序盤。Roseは中盤。だからライブのときみたいに慌てる必要はない。

 でも、胸のドキドキは止まらない。なんてたって、年末歌番組ですからね。老若男女問わず見てる長寿番組ですからね。

 ここで失敗することは、絶対あってはならない。

 私としては、念願の日本武道館ライブに向けた前哨戦ぜんしょうせん、的な気持ちでいるわけですよ。年明けにも歌番組出演あるんですけどね。

 それはそれ。これは、これ。

 リハのときですら緊張しまくってたんだから、本番間近の今なんて……。

 はあ。咲羅はいつも通りに見えるのになあ。私だけ緊張しまくってて、バカみたい。

 どんどん思考がマイナスの方へ向かっていく。

 歌詞飛ばしちゃったらどうしよう。ダンスでミスしちゃったらどうしよう。私の取り柄はダンスしかないのに。


「樹里」

 不安にかられ、楽屋で何度も練習していたら、咲羅が優しく声をかけてきた。

「大丈夫だよ」

 その表情はまさしく、天女、女神、天使のよう。見てるだけで癒される。まさしく目の保養。

「樹里?」

 おっと、思考が空の彼方へと飛んでいってました。ごめん。

「あ、いや、うん。そうだよね。大丈夫、大丈夫……」

「ふふっ、緊張してるぅ。樹里ってば可愛い」

 それはこちらのセリフです。今回の歌番組のために新しく作られた黒いフィッシュテールスカートのワンピースを身にまとった咲羅は、誰がどう見ても可愛い。美しい。

「さくちゃんの方が可愛いじゃんか」

「全くもう、何回言えばいいの。樹里の方が可愛いの」

 拗ねたようにムスっと頬を膨らませちゃって。あざといわ。可愛いわ。

「って、そうじゃなくてさ。今そんなに練習したら疲れちゃうよ。ここらへんでやめときな」

「そうだよね……」

 ごもっともです。アイドルとして大先輩の咲羅の言うことは、聞いておいたほうがいい。絶対。

 スマホから流れる音楽を止めて、咲羅に向き合う。

「そんなに心配しなくても大丈夫だから。樹里は、本番に強い子だから。今日に向かていっぱい練習してきたでしょ? それに、隣に私がいるんだもん。絶対成功するに決まってる」

「さくちゃん……」

 にゃはっ、と笑いながら、優しく抱きしめてくれた。うぇーん。うちの咲羅は本当に優しい子だよお。

 私に限っての話ですけど。

「うん、咲羅と2人でなら、絶対大丈夫だよね。失敗なんて有り得ないよね」

「そうだよお」

 自信過剰と言われてもいい。だって、彼女の言う通り、今日に向かていっぱい練習してきたし、彼女が隣にいるというだけで、私は無敵になったような気がするし。

 今までも、どんなに緊張しても本番では完璧なパフォーマンスができた。

 うん。絶対大丈夫。

 彼女の肩に顔をうずめて、咲羅の匂いを胸いっぱいに吸い込みながら気持ちを落ち着かせた。

 え、変態? はい。その自覚はあります。


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