第8話 久しぶりの休日1/4

5月28日(金)

 咲羅卒業発表から1週間。漸く世間は落ち着いた。

 歌番組の次の日、新聞各紙彼女のことを取り上げていた。勿論ワイドナショーでも。それだけ彼女の注目度が高いってこと。

 そりゃそうだよね。誰も予想してなかったことだもん。

 彼女の卒業を知って、学校や会社を休む人が続出したらしい。あ、これはSNS情報ね。因みに、同級生でも休んでる人がいた。

 マジで影響力ハンパねえ。


 一方で私はといえば、変わらず咲羅に追いつくために毎日練習していた。デビューシングルのdance動画が公開されたとき、想像通り私と咲羅の実力差について言及するコメントが多々見られた。

 悲しくて悔しいけれど、事実だからしょうがない。受け止めるしかない。

 だから私は毎日練習をした。焦る気持ちを抑えきれず、必死に何時間も。咲羅がRoseやソロの仕事で忙しいときも、1人でずっと。

 咲羅のことが好きで好きでたまらないからこそ、彼女の足を引っ張るような真似はしたくない。

 現在進行形で引っ張っちゃってるんですけども。せめて6月1日のデビューシングル発売記念の生配信ライブまでに、改善できるところは改善しないと。その週の金曜日には初めての歌番組出演も控えているし。

 そんな私を見かねてか、いつの頃からか駿ちゃんが練習に付き合ってくれるようになった。彼も忙しいはずなのに、隙間時間を見つけては一緒に練習してくれている。

 有難いけれど、申し訳ない。

 でも謝ったら、「謝んな」って怒られた。「利用できるもんはなんでも利用しろ」って。

 元アイドルの駿ちゃんの言葉は重い。そうだよね、咲羅みたいになんでも利用できるものは利用しないと。

 あそこまでいっちゃうと犯罪だけど。私は別に犯罪とかそういうことに利用してないから大丈夫。


 昨日も練習に付き合っていてもらっていたんだけど、練習後に

「明日は休みな」

 したたる汗を拭いながら、駿ちゃんに言われた。

「えっ、なんで?」

 同じようにタオルで汗を拭く私に、

「根詰すぎんのよくねーから」

 少し眉間に皺を寄せながらそう言った。

 いやいやいやいや、生配信まで時間がないんですけど。

 そうごねる私に、

「潰れちゃたら元も子もないでしょ」

 ごもっともです。ど正論すぎて、ぐうの音も出ない。

 彼は立ち上がって、スタジオの片隅で俯いて座る私に目線を合わせるように片膝をついて、

「たまには息抜きも必要なんよ。それに、デビューしたら忙しくて丸一日休みなんて、用意してあげられないから」

 頼むから一旦休んでくれ。

 懇願こんがんされてしまった。頭を下げられてしまった。

 たしかにずーっと糸を張り詰めていたら、いつかプツンと切れちゃうかもしれない。

「……わかった」

 渋々ながら頷く私の頭を撫でて、

「樹里ちゃんがよく頑張ってること、俺も咲羅も、スタッフのみんなもわかってっから。ファンだって、一生懸命練習していること、動画を観て知ってる。だから、明日はゆっくり休んでおいで」

 そんな優しい声で言われたら泣いちゃいそうなんですけど。

 溢れそうになる涙を隠すように俯いた私の頭を、駿ちゃんは優しく撫で続けてくれた。


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