第4話 再会3

「あっ、うぇっ、あの、じゃあ――」

「一旦落ち着こうか」

 また変なクセ出てるよ。「うぇっ」やめた方がいいよ。ってツッコむのは今度でいいか。取り敢えず、慌てて喋ろうとする彼女をなだめる。

 そんな慌てなくてもいいのに。可愛いなあ。自然と目尻が下がるのを感じながら、華那さんの肩を抑えた。

「うぇっ」

 あっ、ミスった。触れたことで、落ち着かせるどころか挙動不審にさせてしまった。

 今度は私が慌てて手を離す。

「はいっ、深呼吸して」

 これ以上は収集がつかないから、呼吸を整えさせる。私も一緒に深呼吸しちゃったのはご愛敬あいきょう

 漸く落ち着いた華那さんは、

「あの、一つお願いがあるんですけ――あるんだけど」

 上目遣いで言ってきた。キュルンとした瞳に吸い込まれそうになりながら、

「なあに?」

「名前、『さん』じゃなくて呼び捨てか『ちゃん』って呼んでもらえませんか」

「あー……」

 オーマイガー。神様いいのでしょうか。推しが自ら距離を縮めてきてくれました。私の寿命縮まってませんか、大丈夫ですか。

 語彙力がサヨナラした私の反応に不安になったのか、華那さんの瞳にうっすらと涙が溜まっていく。

「待って待って待って、泣かないで! 呼び捨てはちょっと難易度高いから、『ちゃん』で呼ぶから! マジで泣かないで!」

 推しを泣かせるなんてファン失格。慌てて言葉を紡ぐと、「難易度……?」と不思議そうに首を傾げながらも、

「ありがとうございます!」

 勢いよく頭を下げられた。

 いや、だから

「敬語」

 苦笑しながら言うと、「うぇっ」と言いながら頭に拳をコツンと当てた。

 なんじゃそりゃっ。久しぶりに見たなそのポーズ! 可愛いが大渋滞だよ!

 思わず頭を抱えそうになる腕を必死に抑えながら、

「それじゃあ、華那ちゃんも私のこと『ちゃん』づけしてね」

「うぇっ」

 ピタっと動きが止まったんですが。なんでよ。

「お互いタメ口になるんだから、ちゃんづけもお互いにやらないとおかしいでしょうよ」

 ちょっと頬を膨らませて言ってみたら、「可愛い」と頭を抱えられました。もだえられました。

 なんか私を見ているみたいで恥ずかしいからやめてほしい。割と切実に。


 互いが推しというクレイジーな状況にある私たちがわちゃわちゃしていると、ポケットに入れていたスマホが鳴った。

 取り出して確認する。あ、咲羅からだ。ふむふむ、練習が終わったのね。

 それじゃあ、行きますか。

「ごめん、華那ちゃん。私もう行くね」

「あっ……」

 眉を下げて、悲しそうな、寂しそうな顔をする。

「そんな顔しないでよぉ。どうせまた会えるんだから」

 スマホが再び鳴る。うん、見なくてもわかる。咲羅から【早く来い】的な催促だ。

「じゃあね」

 華那ちゃんに背を向けて歩き出した瞬間、

「じゅっ、樹里ちゃん! また!」

 その声に振り返ったときには、既に彼女は私とは反対方向へ走り去っていた。

「やばっ、今のも可愛いわ」

 口角が勝手に上がっていく。おっと、危ない危ない。咲羅と合流するまでに引っ込めないと、またご機嫌斜めになってしまう。

 彼女が去って行った方向を一瞥いちべつして、今度こそ歩き出す。

 あーなんか、華那ちゃんと喋ってるうちに元気出たわ。明日からも頑張ろうって思えてきた。

 やっぱ推しの力って偉大だわ。

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