第1話 推し爆誕5/6
「……にゅう」
車内の重苦しい空気に耐えられなくなったのか――いや、原因は咲羅なんだけど、駿ちゃんの言葉に根負けしたのか、
「あのさ」
やっと口を開いてくれた。咲羅は私の目を真っすぐ見て、
「さっきの子と仲いいの」
語尾を強めて言った。あの、瞳の奥にチラリと炎が見えたような気がするんですが、気のせいでしょうか。
でも、漸くわかった。成程ね。
「ううん、今日初めて話した。なんかさ、振り付けで苦戦してたから、練習に付き合ってただけだよ」
もしかして、もしかしなくても、咲羅、私に嫉妬してくれてる? わーお、結構嬉しいかも。「かも」じゃなくて、ハッキリ言って滅茶苦茶嬉しい。
自然と口角が上がってしまうのを自覚しながら言うと、
「ホント?」
「本当」
口をとがらせて言った彼女は
「……」
数秒無言で私の目を見つめた後、
「ならいいや」
そう言って前を向いた。口はとがったままですけど。激烈に可愛いんですけど。
チラっとルームミラーに目を向けると、駿ちゃんが苦笑していた。さっきは駿ちゃんに嫉妬してごめん、咲羅が私に嫉妬してるなんて思わないじゃん。
華那さんと2人きりで練習していたのが気に入らない、なんて、可愛い嫉妬ですわー。愛おしすぎる。
本当は「いちいち嫉妬しないでよ」って言うべきなのかもしれない。私の心は咲羅だけのものだし、嫉妬なんてしなくてもいいのに。それに、この先も同じような状況はあるはずだから。だけど、私も嫉妬するんだから、お互い様だよね。
なにより、嫉妬したり拗ねて無言になったりする咲羅が可愛すぎて、なにも言う気になれない。
未だに口をとがらせたままの咲羅の手を優しく握り返した。それに対して彼女は無言だったけど、私は見逃さなかった。彼女の口角が少し上がったのを。
うん、今日も今日とて私は咲羅の手のひらで踊らされているようです。それが嫌じゃないっていうのは、相当さくちゃんに惚れてるっていう証拠なのかなあ。
「ほい、到ちゃーく」
「ありがとうございました」
シートベルトを外そうとするけれど、咲羅が手を離してくれないから非常にやりにくい。
「さくちゃあん?」
「今日も
最近は咲羅の家に泊まりっぱなしだったけど、今日は実家近くまで送ってもらった。それは、
「いやあのね、引っ越しの準備があとちょっと残ってんのよ」
私もフラワー・エンターテインメントが管理するマンション――つまり咲羅と同じ寮、しかも隣の部屋に引っ越すことになったから。事務所の社長さんから引っ越しを提案されたとき、ちゃんとお母さんに相談した。そしたら、「同じマンションに住んでいた方が、マネージャーさんが楽でしょ」って背中を押してくれた。ありがとう、お母さん。
「にゅうう……」
不満げに眉を寄せる彼女に、
「早く咲羅の隣に引っ越したいし、ね?」
優しい口調で首を傾けると、「あざといっ! 逮捕!」って言われたんですけど。いや、これ貴女の受け売りなんですけど。毎日あざとい連発してるあんたが言うな。
まあ、素直に手を離してくれたから良しとしよう。
「それじゃあ気をつけてね。明日もよろしく」
「あの、改めて、これからよろしくお願いします」
荷物を手に取りながら、駿ちゃんに返事をする。今までも散々お世話になったけれど、これからもっとお世話になるから、もう一度頭を下げた。
「にゃっす、今まで以上に頼っていいかんね。なんてたって、俺っちは2人のマネージャーだかんな!」
私と咲羅を交互に見た駿ちゃんは、会議室のときと同じように元気よくピースした。
微妙に
駿ちゃんが本当に私のお兄ちゃんだったら良かったのに。
心の片隅に宿ってしまった思いを直視したくなくて、急いで車を降りる。
「バイバイ」
咲羅の寂しそうな声に思わず振り返ると、小さく手を振っていた。「やっぱり一緒に帰ります」って言いそうになるのをグッとこらえて手を振り返し、車のドアを閉めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます