第1話 推し爆誕4/6

 振り返ると、

「やっぱりここにいた」

「うぇっ、咲羅さん!? おはようございます!」

 私が返事をするよりも、最早条件反射的に中井さんが挨拶をした。勢いよく頭を下げた彼女に苦笑しながら咲羅に近づく。

「ごめん、探した?」

「ううん。スタッフにここにいるって教えてもらった」

 中井さんに軽く手を挙げて挨拶に応え、

「歌詞さ、今日中に終わりそうにないから、一旦持ち帰って明日また話し合うことになったの」

 だから帰ろ。

 そう言って咲羅は私の手をとった。


「了解……それじゃあ中井さん、今日はありがとうございました。後は、魅せ方をマスターすれば完璧だと思います。ちょっと上から目線で申し訳ないんですけど」

 荷物を手に取りながら言うと、

「あの!」

 中井さんに呼び止められた。

「どうかしました?」

「あの、もし良ければなんですけど」

 相変わらず頬を赤く染めているけれど、一緒に練習したからか最初よりも言葉に緊張はにじんでなくて

「私のことも下の名前で呼んでもらえませんか」

 上目遣いで言われた。

 オーマイガー。推しの上目遣い、これは貴重。マジで写真撮りたい。でもドン引きされる未来が見えるから、欲望を押し殺して

「勿論。じゃあまたね、華那かなさん」

 咲羅に手を引っ張られてスタジオからカラダの半分が出た状態で手を振ると、嬉しそうに微笑んで手を振り返してくれた。

 そして、バタンとドアが閉まった。


「ねえ咲羅、なんか怒ってる?」

 ずっと無言なんですけど。スタジオを出て駿ちゃんんお車に乗ってからも、ずーっと。因みに、手は繋がれたまま。

「別に?」

 首を傾けて言うけれど、目が笑ってないのよ。あざとさで誤魔化せてないんよ。怖いって。

「んー……」

 ぎゅっと強く手を握られる。

 私、特に怒られるようなことした覚えないんだけどなあ。もしかして、

「曽田さんとなんかあった?」

 歌詞のことで揉めたのかな。

「……」

 無言。はい、不正解。えー本当にわかんない。

 頭を悩ませる私と、無言の咲羅。この状況、詰んだわ。

 すると、運転しながら駿ちゃんが

「咲羅」

 優しく諭すように声をかけてきた。ルームミラーに映る彼は、

「素直になりな」

 苦笑を浮かべていた。

「……」

 スルーかーい。素直になりなって、駿ちゃんはなんで咲羅がこうなってるかわかってるってこと? なんでだよ。なんで私がわかんなくて駿ちゃんがわかってんのよ。シンプルに腹が立つな。

 というか、嫉妬? 私が知らないことを知っている駿ちゃんに対して、嫉妬してんの!?

 マジか。今まで駿ちゃんに嫉妬なんてしたことないのに。それに、私は『嫉妬』という感情がよくわかんなかった。今まで、奇跡的にその感情から目を背けて生きてこられた。

 それが、咲羅との関係性が変わったことで、直視せざるを得なくなった。あちゃー。駿ちゃんに嫉妬してたら、Rose全員に嫉妬しなくちゃいけなくなるんですけど。困ったな。


「さぁくら」

 私が自分の中に生まれた感情に驚いていると、先ほどよりも更に優しい声音で駿ちゃんが彼女に声をかけた。

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