第1話 推し爆誕3/6

「じゃあ、一緒に練習しません? 私この曲踊れるので。迷惑でなけ――」

「迷惑なんかじゃありません!」

 私の言葉を遮って、凄い早口で言われた。何回も言うけど、限界オタクかよ。目がキラキラと輝いて眩しいのよ。

 でも中井さんの目は真剣そのものだった。私への好意は隠しきれてないけど。なんて、自意識過剰かな?

「是非お願いします」

 わらにもすがる、とはまさにこういうことなんだろうな。声音こわねから必死さが伝わってきた。そんでもって、自意識過剰じゃなかったわ。滅茶苦茶嬉しそうだもん。

 あと、手の振り付けには苦戦しているけれど、この人は2月よりも確実に成長してる。あのとき「将来的にセンターになれるかも」なんて考えたけど、もしかしたら、この人は本当にセンターの座を射止めるかもしれない。

「よしっ、じゃあやりましょうか」

「はい!」

 持っていた荷物をスタジオの片隅に置いて、上着を脱いで私は彼女の隣に立った。


「そこはもっとメリハリをつけて」

「はいっ」

 私だって普段は教わる側だから、教え方なんてよくわかんない。それでも、中井さんは必死に私の言葉を受けとめてついてきてくれた。

「あんまり腕を広げ過ぎるとテンポが遅れるから、もっと腕を狭めて。あっ、でも顔に被らないように」

「はいっ」

 どんどん改善していく彼女のパフォーマンス。なんで苦戦してたんだろう、ってぐらい吸収力が凄い。某掃除機みたい……この発言は失礼か。

 この人はマンツーマン指導が向いてるんだろうなあ。一歩下がって中井さんを見ながら考える。大人数でやってると、1人につきっきりで指導って難しいんだよね。だから今の状況は、他の研究生にとっては依怙贔屓えこひいきになっちゃうかも。それは申し訳ないけど、中井さんは私の推しになっちゃったから。

 咲羅はフィオを完全に見放している。でも、もし叶うなら私はこの人に華開いてほしい。

 彼女のことを散々「限界オタクかよ」って心の中で呟いたけれど、これじゃあ私が限界オタクだな。

 苦笑しながら、

「次は音に合わせて、通しでやってみましょうか」

「はいっ」

 本当に素直だなあ。うん、好きだわこの人。


 そんなことを考えながら音を流し始めたタイミングで、動画チャンネルの撮影スタッフさんがカメラを構えて入ってきた。どっかで居残り練習してるって聞きつけたんだろうな。

 敢えて彼らの存在を知らんぷりして中井さんの隣に立つ。今はダンスに集中するのみ! 私も撮られることに慣れたなあ。いいことか悪いことかはわかんないけど、練習中にカメラを回されることに違和感がなくなったのは咲羅のおかげだ。感謝。

 中井さんはといえば、鏡にスタッフさんの姿が映っているのに、目を向けようともしない。というか、気づいてない? 完全に自分の世界に入り込んでる。

 ちょっと咲羅と似てるとこあるかも。やっぱり、この人は将来性がある。よし、私も集中しないとね。

 それから何度か音に合わせて練習していった。

 うん、最初よりも断然良くなってる。『推し』という色眼鏡なしで、そう言える。

「OK! 今日はここまでにしましょっか」

 音を止めて、そう伝える。

 中井さんの表情と動きには疲れが出ていた。そりゃ何時間も練習してたらヘトヘトにんるよね。

「はい……ありがとうございました」

 少し肩で息をしながら、彼女は頭を下げた。


 その言葉が合図だったかのように、スタッフさんたちは出て行った。この動画、フィオとSorelle、どっちでアップされるんだろう。あ、彼女は研究生だから、そっちかな。

 そんなことを考えていると、再びドアが開いた。



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