第1話 推し爆誕2/6

「あの」

 ドアを思い切り開けて声をかけると、

「うぇっ、松本さん!?」

 悲鳴にも似た奇妙な声を上げて飛び上がった。リアルでそんな反応する人初めて見たわ。

 漸く私を認識した中井さんは滅茶苦茶挙動不審で、不覚にも「可愛いなあ」と思ってしまった。いや、咲羅が一番可愛いんだけどね。それとは別のベクトルで可愛い。

「おっ、おはようございます!」

 慌てて頭を下げる彼女に、

「そんなにかしこまらなくて大丈夫ですから」

 苦笑しながら言った。なんていうんだろ、彼女の行動が『アイドルを目の前にしてたオタク』の姿にしか見えない。

「あっ……うぇっ、でも――」

「だって中井さんの方が先輩ですから」

 彼女の言葉を遮って言う。その「うぇっ」っていうの、クセなのかな。可愛いなあ、おい。

「いやいやいやいや、松本さんの方が私よりも先輩ですって」

 頭をブンブンと振って何故か後退しながら、中井さんは言った。そんな私と距離を取らなくても。

 思わず笑ってしまうけれど、冷静に考えてみれば、私は咲羅のソロ動画に2019年から出てるからなあ。一応先輩ってことになるのかな。んー、でもその頃はまだモブだったし。こりゃややこしいわ。

 どうしようかなあ。


「じゃあせめて、名字呼びやめましょ。私、下の名前で呼ばれることが多いんで、慣れてないんです。『松本さん』って呼ばれるとこそばゆいっていうか、なんていうか」

 こちらから距離を詰めてみる。すると、

「うぇっ、わ、わかりました」

 やっぱその「うぇっ」ってクセなんだなあ。面白いし、可愛い。

 再び苦笑していると、

「私……じゅ、樹里さんに憧れていて……」

「えっ、そうなんですか!? 凄く嬉しいです」

 私の反応に、中井さんは視線を彷徨さまよわせて、再び髪をかきむしった。少しうつむいてしまっているけれど、頬が赤く染まっているのが見えた。

 うわっ、可愛い! その表情可愛い! 照れてるだけなのに滅茶苦茶可愛い! ただ今胸を矢が貫きました。はい、ファンになりました。華那担、ここに爆誕です。いや、一番の推しは咲羅だから二番目の推しになっちゃうんだけど。

 あまりにも愛らしい表情に、写真を撮りたい衝動にかられる。しかしここでそんな行動したら、憧れてくれているのにドン引きされかねない。仕方なく心のカメラに収めておくことにします。残念。


 でも、まさか私に憧れてくれている人がこんな近くにいるなんて思いもしなかった。アイドルとしては始まったばかりだけど、レッスン頑張ってきて良かったなあ。

 照れる中井さんの表情を見逃さないようにガン見していると、俯いたまま

「もし、もし良ければなんですけど……握手していただけないでしょうか」

 わぁお、いきなり推しと握手していいんですか神様。こんなチャンス頂いていいんでしょうか。なんか後でバチ当たりませんか、大丈夫ですか。

 無言な私に不安になったのか、中井さんは顔を上げた。

「やっぱりダメですよね」

「違う違う違う違う、違います」

 悲しそうな瞳に、慌てて否定する。

「私で良ければ」

 そう言うと、まるで太陽みたいに明るい笑顔を浮かべてくれた。うわあ、嬉しい。推しが笑顔だ。嬉しい。

 Sorelleで握手会をするかどうかはわかんないけど、折角のチャンス。練習台になってもらおう。これが、私のアイドルとしての初めての握手会だ。

 相手は一人だけなんですけどね。

 彼女の笑顔に心が温まるのを感じながら両手を差し出すと、恐る恐る――まるで壊れ物でも扱うかのように優しく両手を握られた。相変わらず頬を赤く染めて、嬉しそうに。

 照れるな、これ。こっちまで頬が赤くなりそう。

 数秒後、ゆっくりと手を離された。そして再び顔を伏せてしまう。おいおい、限界オタクかよ……私も人のこと言えないけどさ。

 って、声をかけた本来の理由を忘れるとこだった。危ない危ない。


「あの、さっきの振り付け、苦戦してましたよね」

 私の問いかけに、ゆっくりと顔を上げて

「そうなんです。次の研究生の動画で『踊ってみた』をやるんですけど、今日の練習でも私だけ上手にできなくて居残り練習してたんですけど、やっぱり上手くいかなくて」

 ライブでも披露するのに、と落ち込んだ様子で言った。

 うん、私の勘は当たってた。じゃあ私にできることをしてあげよう。ちょっと上から目線で申し訳ないけど。



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