第31話 都内某所

 全席個室の高級イタリアン。俺の給料では到底手の届かないここが、俺と曽田の密会場所だ。

「今回もお世話になったね」

 向かい側に座った曽田から、分厚い茶封筒が渡される。

「どんな記事でも書く。俺はそういう人間ですから」

 それを鞄にしまいながら、

「良かったんですか。茜さんの人生も翔さんの人生も滅茶苦茶になっちゃいましたけど」

「そうだね、ちょっと可哀想だったかな」

 太陽を背に浴びて、白々しく言う。

「でも、」

 机に肘をついて

「彼女たちは咲羅の踏み台なんだよ。今回は、咲羅が先へ進む為の試練、ってとこかな」

「踏み台って……」

「Roseに入ったことで、彼女の未熟さを売りにするのを徐々に終わらせてきた。3列目や2列目を経験させることで、咲羅がセンターに立ちたくなるように仕向けてきた」

 この人は、咲羅以外を観ていない。彼女のことしか考えていない。

「ここで終わるようなら、その程度のアイドルだったってことだ。だが、彼女は乗り越えた。僕はそれが嬉しくてたまらないんだよ」

 口角を上げて嬉しそうな顔をする。


「咲羅はどんな状態でもステージに立ち続けている。彼女こそが本当のアイドルだよ。まだ16歳だ。あの子は無限の可能性を秘めてるんだ」

 こりゃ依怙贔屓えこひいきって言われて当然だな。今回のライブだって、咲羅に好き勝手させたみたいだし。

 それに、と曽田はコーヒーを一口飲み

「まあ茜は僕の好みの顔じゃないしね。ただアイドル『らしさ』があったから合格にしただけで」

 知ってる。あんたの好みの顔は俗に言う『フェミニン』だろ。

「だったら、翔ちゃんはどうなんです? 少なくとも顔は好みでしょ」

 目の前のコーヒーを飲む気になれず、腕を組んで尋ねる。

「そうだね。顔だけは好みだね」

「それじゃあ――」

「でも、さっき言った通り彼女をセンターにしたのは咲羅のためだ。センターの座を奪われた咲羅がどうなるか、更に華を開かせられるか。言ってしまえば、実験だね」

 俺の言葉を遮って、笑顔を顔に貼り付けたまま言いやがった。

 チッ。胸糞悪ぃな。


 それなら、

「あの樹里って子、あの子は曽田さんの好みの顔じゃないでしょ。アイドルにしたのはなんでですか」

「彼女もいい咲羅の踏み台になってくれるからだよ。それに彼女だって逸材だ。振りも歌もすぐに覚えるだけではなく、全員の振り付けを記憶している。そして、彼女がいることで咲羅がより高みに行ける」

 あぁ、この人は狂ってる。

「なにか文句でも? ちゃんと報酬は渡したはずだよ」

 伊達に記者をやってきたわけじゃない。表情を隠すのは俺の得意技なはずなのに、この人は俺の心境を見抜いたようで、鞄を指差しながら言った。

 俺も人のことは言えないけれど、この人は度が過ぎる。白井翔は自殺を図ったんだぞ。死にかけたんだぞ。それを踏み台って言うのか。

「いいえ、なあんにも。俺は金さえもらえればいいんで」

 だけど、それを口に出す程俺はバカじゃない。表情は見抜かれてしまったようだが、曽田はそれ以上追及してくるヤツじゃない。

 曽田にとって大切なのは、咲羅をより高みに連れていくことで、俺は俺の仕事をするだけだ。


 背もたれにカラダを預け、天を仰ぐ。


 最初はまともな記事を書いていた。芸能界の記事を書いているのは変わらないけど、誰も不幸にならない、幸せな記事を。

 それが変わったのは、この人と出会ってからだ。

 咲羅に関する記事を書いては報酬を貰って。書いては貰っての繰り返し。

和気藹々わきあいあい、みんな楽しくハッピーに、なんてこの業界では無理なんだよ。誰かがオーディションに選ばれるってことは、選ばれなかった人間がいるってこと。シングルに選抜されるってことは、選ばれなかった人間がいるってこと。そして辞めていく人間がいる」

 じっと俺の目を見つめ、

「僕はね、咲羅をアイドルの頂点に立たせて、唯一無二のアイドルにしたいんだ」

 もう後戻りはできない。俺も、この人がプロデュースするアイドルたちも、この人の闇に呑まれてしまっている。

 懐からタバコを取り出す。

 逆光でよく見えない曽田の顔を見つめながら、今日の録音データ、いつか使う日が来んのかねえ、と思いながらタバコに火を点けた。

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