第20話 動画撮影
2月24日(水)
はー緊張する。事務所の広めのスタジオの片隅で、カメラが設置されていくのを見ながら一人胸をドキドキさせていた。
定点カメラでの一発撮り。
絶対に間違えるわけにはいかない。今までも咲羅のソロ曲にバックダンサーとして参加したことはあるけど、流石に今回は元アイドルと一緒だから緊張増し増し。
だけど緊張しているのは私だけじゃなかった。準備運動をしながら周りを見てみると、駿ちゃんも松岡先生も、加賀谷さんもなんだかソワソワしてる。そんな姿を見てたらちょっと笑えてきて、少しずつ落ち着いていくのを感じる。
動画用の衣装は、咲羅は全身白で、チューブトップ、アームスリーブと膝上ミニスカート。踊ってら中見えちゃうんじゃないの、っていうぐらい短い。あと、髪はハイポニーテールで、白い曼珠沙華の造花の髪飾りをしている。
「見えてもいいやつ、中に履いてるから大丈夫」
本人は言ってたけど、なんか複雑な気分。
そう言ったら、
「樹里だって私と色違いなだけじゃん」
そうですね。返す言葉がありません。私は全身黒色だけど、髪飾りは一緒。それ以外で違うところは、私はローポニーテールってことぐらい。だってキャップ被んなきゃいけないし。
因みに、駿ちゃんたちはTシャツに動きやすいパンツスタイル。最初駿ちゃんがアニメTシャツ着てきたから松岡先生が
「お前、それはない」
って彼にシンプルなTシャツ手渡してました。サイズぴったりの。うん、わかってた。なんか見てるだけで幸せになるわ。
加賀谷さんの隣で遠巻きに見守っていたら、
「ねえ樹里、スカートの中覗いていい?」
「なんでだよ」
この流れでなんでそうなる。駿ちゃんと松岡先生に触発されたんか。
「別にいいじゃん。中見えてもいいの履いてるんだし」
ペロッと捲ろうとしてくる咲羅から逃げ回っていると、
「撮影の準備できました!」
スタッフさんから声がかかった。ナイスタイミングです。ありがとうございます。
「ちぇっ」
かなり大きめの舌打ちと不貞腐れた顔をして、私を見つめてくる。うわあ、その顔も可愛いわ。いやでも、スカートの中は見せないからね?
「よっしゃ、俺らのダンス見せつけてやりますか!」
「いや、メイン咲羅だから」
「わかってるでやんすよー」
口調は厳しめだけど、目がとろけてますよ。駿ちゃんと松岡先生のやり取りを見ていると、2人を見つめる加賀谷さんの姿が目に入った。口元を隠してますけど、口角上がってるのバレバレだかんな?
2人に気を取られていると、咲羅が私の手を握って
「行こっか」
こてんと首を傾けて言った。あざといです! うちの子があざといです!
頬が赤く染まるのを感じながら、
「やるぞー!」
照れてるってバレたくないから、わざとハイテンションに声を上げて歩き出す。
「樹里かあいいねえ」
そりゃこっちのセリフだよ! ま、手を繋いだままだからバレバレなんですけどね。
全員が立ち位置につく。
スタッフさんたち音響担当さんに向かって合図を送り、カメラの録画ボタンを押した。
「I'm the queen」
彼女のセリフと共に、私たちは呼吸を合わせて踊り始めた。
「はい、カットー! お疲れ様です。完璧でした!」
あー疲れた。スタッフさんの声で気が抜けて、その場に座り込む。
「お疲れ」
そんな私の肩をポンっと叩きながら、駿ちゃんはカメラ担当のスタッフさんと話しに行く。
なんであんなに踊ったのに呼吸が一切乱れてないの? 体力オバケなんか。
「ひとまずお疲れさん」
松岡先生がペットボトルの水を持って来てくれた。
「ありがとうございます」
「編集の仕事はこっちに任せてくれていいから。明日からは、ライブに向けて気合入れていくぞ」
そう言うと、彼はもう一方の手に持っていた水を駿ちゃんに渡しに行った。
うん。取り敢えず一区切りついたけど、これで終わりじゃない。まだ始まったばかりだ。でも、明日からはライブ用のパフォーマンス練習に集中できると思うと、やぱりホッとする。
練習の成果がちゃんと出せて良かった。
「樹里」
上を見上げると、ちょっとだけ汗をかいた咲羅が
「ありがとうね」
タオルを渡してくれた。
「……」
「樹里?」
「あ、ごめん。明日からも頑張ろうね」
「うん」
ちょっと不思議そうに見つめないでくれ。まさか、「汗をかいてる姿もキレイで美しいなあ」と思っていたなんて言えないから。
てか、ほんとに15cmヒールで踊りきっちゃったよ。力強い歌声とダンスが合わさって、今までの彼女の路線とは異なる迫力があった。勢いにのみ込まれそうというか、喰われそうというか……上手く言葉にできないけれど、そんな感じ。
この分だと、本番も問題なさそうだね。
よしっ。帰ったら気合入れて自主練しますか!
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