第8話 向き合うべきは自分4

 兎に角なにかを言わなくっちゃ、そう思って口を開くけれどなにを言えばいいのかわからなくて言葉が出てこない。

 わかりやすく動揺している私に、咲羅は

「私に樹里の全部頂戴よ」

 また抱き締めながら言った。

 頭の先から足の先まで、痺れるように幸福が広がっていく。

「『アイドルは恋愛禁止』っていうけどさ、私はそんなの認めない。樹里が欲しい、っていう気持ちを失くすことなんてできないから」


 どんな花よりも美しいこの子から愛されている私は、本当に私は幸せ者だ。咲羅強火つよび担からしたら羨ましくって、いつか刺されちゃうかもしれないけれど。そんなのどうってことない。この子からの愛さえあれば、刺されたって後悔しない。

 だから、ちゃんと私も言葉にしなくちゃ。幸せをもらってばっかりじゃいけない。琴美さんのおかげで自覚したこの気持ちを、ちゃと伝えなきゃ。

 私たちはいろんな苦しみを分け合って、支え合ってきたんだから。


「いいよ、あげるよ。なにもかも全て。その代わり、私が咲羅の心になる。昔言ってたでしょ、『心は失くした』って。だから私が心になって、いつまでも一緒にいてあげる」

 これからはもっと傍で支えてあげる。

 耳元で「ふふっ」と小さく笑う声が聞こえたと思ったら、

「ありがとうね」

 更に強く抱き締められて、勝手に涙が溢れてくる。

 私にだけ本性を見せてくれるだけで十分だと思っていた。初めてセンターに選ばれたときは不安で泣いて、アンチ叩かれて泣いて。何度「泣いていいよ」って言ったことか。その度に、『咲羅を傷つけるヤツらを許さない』という気持ちと共に、『この子を私が守りたい』って独占欲に似た気持ちが芽生えていった。

 だから、彼女へ抱く感情が、いつ友情から愛情へと変わったかなんて覚えてない。永遠に閉じ込めておくつもりだったこの想いが届く日がくるなんて思ってもみなかったから。

 ちゃんと言葉にして良かった。ありがとう、琴美さん。きっかけをくれて。


「ねえ樹里、聞いて」

「なに?」

 肩から顔を上げて、私たちは視線を合わせる。

「多分これからいろんな傷つく言葉を嫌でも聞いたり、見たりすることになると思う。でも、大丈夫だから。2人なら絶対乗り越えていけるから。私たちなら絶対アイドル界のテッペンとれるよ」

 いつもはファンに向けられる大きな瞳が、今は私だけに向けられている。

 そうだね、私たちならなんだってできる。今までも乗り越えてきたんだから、1つになった私たちにできないことなんて、きっとなにもない。

 たとえ周りに理解されなくても、私たちは私たちでいよう。ありきたりな言葉だけど、死がふたりを分かつまで。


「咲羅は私だけのものなんだからね。よそ見したら許さないから」

「独占欲ぅ」

 少し照れながら言った私を茶化すように貴女は笑うけれど、何年あんたへの恋心を拗らせてきたと思ってんの。恋心で泳げそうなくらいズブズブだっての。いや、なに言ってんのって感じだけど。本当にそんな感じ。


 それから私たちは事務所へと戻り、咲羅は久しぶりにみんなとの練習に参加した。勿論私も。

 久しぶりにカラダを動かしたからか彼女はお疲れの様子だったけれど、どこかサッパリとした顔をしていた。

 そして、公式SNSには練習風景とカフェでの写真が、咲羅のコメントと共にアップされた。

「ステージにはまだ立てませんが、少しずつ前に進んでいきます。これからも応援してください!」


 (コメント欄は、咲羅の元気そうな姿に安堵するファン、彼女のギャルピースに戸惑うファン、姫カットが似合う似合わないで言い争うファンで盛り上がってました。)

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