第9話 ライブに向けて1/3

2月2日(火)

 学校が終わると、私たちは駿ちゃんのお迎えで事務所に行った。それはレッスンのためでもあるけど、一番目の理由は『ライブについての打ち合わせ』。

 練習を再開したのはいいけれど、ライブに出られるかどうなのか。それを話し合うために私たちは呼ばれた。

 少し狭い会議室に入ると、既に曽田プロデューサーがいて驚いた。普段は全然打ち合わせに顔を出さない人だから。咲羅は特に気に留める様子もなく、席についたけれど。

 というか、私も打ち合わせに出る必要あるのか? でも駿ちゃんに案内されちゃったし、いいのか?

 戸惑いながら席につくと、曽田さんが

「大筋の流れはとっくに決まっているが、今回君が通り魔に襲われたことを踏まえて確認したいことがある」

 手を机の上で組んで、咲羅を真っすぐ見つめて言った。

「ライブには出られるかい?」

 翔ちゃんが自殺未遂を図って「お前が原因じゃないか」って叩かれた日の歌番組はなんとか乗り切ったけれど、終わった途端に崩れ落ちてしまった。それを考えると、曽田さんの問いかけは最もだった。

 隣の彼女に目を向けると、少し俯いていているから表情が読み取れない。

 でもきっと、咲羅はステージに立ちたいはず。自分が一番輝ける場所がそこだと知っているから。それでも、この間のバースデーライブでさえ、駿ちゃんと私で守るようにして見学していたんだから、大勢の前で歌うのはまだ無理なのかもしれない。

 黙ったままの咲羅に、

「無理して出る必要はない」

 その選択が君にできるかい?

 曽田さんは少し笑って更に言葉を重ねた。


 その言葉に触発されたのか、彼女は顔を上げた。眉に力が入って、眉間に皺が寄っている。口を開かなくたって、いや、口を開かないからこそ、思い悩んでいることが伝わってくる。

 なんで曽田さんはこの状況で笑っていられるのだろう。心がもやもやする。ハッキリ言うけれど、私は曽田さんが好きじゃない。咲羅がセンターをしたくないと言ってもセンターにしたこと、彼女の心が傷ついても守ってくれなかったこと、私は全部忘れてない。

 たとえ貴方が忘れていたとしても。

 私は気持ちを隠すのが下手だから、きっとこの不快感は顔に出てしまっているだろう。でも曽田さんは私に一瞥いちべつくれただけで、大して気にした様子はない。

 あー、もうホントにこの人嫌いだ。

 もう見抜かれてるんだから、と露骨に顔を歪めて曽田さんを見つめた。

「私」

 漸く咲羅が口を開いた。

「やっぱり大勢の人の前で、ずっとパフォーマンスできる自信がありません」

 その言葉に、私は思わず目を見開いてしまう。普段はスタッフやメンバーの前では弱音を吐かないから。ハッキリと「自信がない」って言うなんて……。

「そうか」

 曽田さんは椅子の背もたれにもたれて言った。彼の中では想定内の返事だったんだろう。

 それにしたって、「そうか」の一言だけはないでしょうよ。もっと彼女を労わったり慰める言葉だったり、気の利く言葉がかけられないわけ?

 ムカつく。

 そう思っていると、斜め向かい側に座る駿ちゃんが口パクで「顔、顔」と伝えてきた。

 わかってますとも、顔に出てるのは。わざと出してるんですってば。

 流石にそれは口パクで伝えられないので、無視を決め込む。ごめんね。


 会議室が静まり返る。誰も口を開かない。

 きっとこのまま咲羅は今回のライブに出演することは見送られるのだろう。そう言えば、翔ちゃんはどうなるのだろうか。多分このまま活動休止なんだろうな。あんなことをして約1か月後にライブに立つなんて、無理でしょ。SNSでも翔ちゃんは不参加だろうっていう声が大半だし。

 居心地の悪さに椅子に座りなおすと、

「だけど私」

 沈黙を破ったのは、咲羅だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る