第3話 歌番組2/5
邪魔にならない位置で「アイドルっていいなあ」と思っていると、確認を終えた咲羅が走って来て、
「どうだった!?」
「うん、完璧」
そう言って右手を挙げれば、彼女も左手を挙げてハイタッチ。
「久しぶりだね、樹里ちゃん」
「お久しぶりです」
頭を下げる。声をかけてきてくれたのは、私も咲羅がこのグループの中で一番信頼しているRoseリーダーの『佐久間琴美』お姉さん。
しっかりジャルのメンバーにも選ばれた人だ。
「樹里ちゃんがいてくれるなら、今日は何も心配いらないね」
「なんですかーその言い方、樹里がいなかったら私ダメダメみたいじゃないですか!」
頬を膨らませて、いかにも「怒ってます」という表情をする。
「うちの子が可愛いっっ!!」
咲羅が罪深過ぎる! あざとい! てか、「あざとい」って言葉を作ってくれた人は神様ですかなんですかありがとうございます。
「通常運転だねえ」
なんてのんびり会話をしていると、「咲羅さん! 着替えお願いします!」と、スタッフさんに呼ばれてしまった。
「んにゅ~、もっとゆっくり話したかったのに」
「後で話せるでしょ。ほらほら、行っておいで」
「にゃっす」
謎の猫語を話しながら、彼女は走って行った。
「思ったよりも元気で良かった……今日は来てくれてありがとうね」
「いえ……」
まさか、誘拐まがいのことをされた、なんて言えない。
そんなことを思っていると、
「あのね」
琴美さんは声のトーンを少し落として、
「この曲、振り入れの時さくちゃん苦戦してたの」
珍しく……ね、と付け加えた琴美さんは八の字眉を作っていた。
「普段、というか、最近はそんなこと全然なかったですよね」
フィオに加入した当時は本当にド素人で。バレエが大好きで習ってはいたけれど、それとアイドルの踊りとは全くの別物。自分の不甲斐なさに苦しんでいた彼女は、毎日の様に電話をかけてきては泣いていたい。
「うん、なかった。でもこの曲は、多分だけど……先輩として翔をリードしなきゃって気持ちと、またセンターに選ばれなかったって気持ちの狭間で、色々と考えることがあったんだと思う」
咲羅は他のメンバーよりも、センターになった回数だったり、ソロでの活動だったり、場数はかなりこなしているはずだ。
だけど、彼女は元々メンタルが強い方じゃない。「アンチの言葉なんて気にしてないよ。気にする心なんて失くしちゃった」と言われたことがあるけれど、本当はそうで思い込まないとやってられないくらい、辛いってことなんだと思う。
そして、Roseに翔ちゃんたち2期生が加入してから、発売された2枚のシングルで咲羅は後列に下げられてばかりだった。ただ、後列になってもパフォーマンスに手を抜くなんてことはなく、逆に輝きを増していた。不思議なことに。
「あと、Roseの最近の曲、大分あの子のメンタルに悪影響でしょ。曽田さんが何を考えてんのか本当にわかんない。咲羅を壊そうとしてるとしか思えない」
腹に据えかねるといった様子で、眉間に皺を寄せる。
たしかに、翔ちゃんが加入後すぐに新センターとして抜擢された6枚目『消された存在』では、その『消された存在』が最後列に下げられた咲羅のことなんじゃないかと憶測を呼んだ。いや別に消されてないんだけどね? 公式動画でセンターが発表されたとき、泣き崩れた彼女の姿が着火要因となっちゃったんですよ……。
そして、2020年12月28日に『2ヶ月連続リリース』として7枚目のシングル『失敗作なんていらない』のMV公開と同時に、8枚目のタイトル『飛び降りる』が発表されたときは、今までにない量の賛否両論を呼んだ。
8枚目のタイトルがヤバいってのもあったけど、なにより『失敗作なんていらない』でフロントメンバーが1人ずつ「失敗作」と言っていく歌詞や、MVで咲羅が自身の写真を破って燃やすシーンなんかが結構な批判をあびて大炎上。
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