第3話 歌番組1/5

「……ちゃん……樹里ちゃん」

 肩を揺さぶられて目を覚ます。私もいつの間にか眠っていたらしい。

「咲羅ぁ起きてー、頼むから起きてー」

 駿ちゃんの必死の呼びかけで薄っすらと目を開けたけど、こりゃダメだ。まだ脳みそがお眠りになってます。

「私連れて行くんで、駿ちゃんは車停めてきてください」

 私の提案に、やわらかい笑みを浮かべて

「助かる! こっからステージまではスタッフが案内してくれるから!」

 車停めたらすぐに行く! と言って急発進して行った。……事故んないよね?


 寝起きてポヤポヤしている咲羅を引っ張りながら車を降りると、事務所のスタッフさんが慌てた様子で駆け寄って来て、

「咲羅さん大丈夫ですか」

 そう声をかけられても、彼女はふわりと笑うだけ。ここでもアイドルスマイルを忘れないのが彼女のプロ意識。

 スタッフさんの声で漸く目が覚めた彼女と腕を組みつつ、準備が進められているであろうステージへと急いだ。

 もう支えなくても大丈夫でしょ、っていうツッコミはなしでお願いします。通常運転なんで。


 今日はフラワー園から中継でのパフォーマンスだ。他のメンバーは先に到着しており、照明や立ち位置の確認などを済ませておいてくれた。

 メンバーたちが代わる代わる声をかけようとするけれど、そんなのは後回し。なんせ、本番まで時間がない。咲羅を交えて確認を行い、数分でリハが始まる。

 どれだけ辛くても、しんどくても完璧にパフォーマンスをするのが岩本咲羅だ。

 激しいダンスをしても、音程を外さない。

 成長したなあ。


 フィオのセンターになったばかりの頃は、踊りながら歌うと音が安定しなくて。それで、「アイドルはおままごとじゃないんだぞ」って叩かれてた。

 元々天才なのもあるけれど、その2文字だけで片付けちゃいけない。これは、彼女が努力して勝ち取ったものだ。


 今日、本当はRoseの『失敗作なんていらない』を披露するはずだった。それが変更になったのは、自殺を図ってしまった翔に感化されてしまう人を刺激しないため。

 そして、グループを守るため。事前に披露する曲を予告していたのもあって、「あんな曲流すな」「翔ちゃんがいらないってこと?」「Roseなんて出演させんな」など沢山の酷い書き込みがあった。

 だから急遽Rose vampで、Giardino Florealeジャルディーノ・フロレアーレの『咲き誇れ』を披露することになった。Giardino Floreale――通称ジャル――はフィオとRoseの合同選抜グループで、センターは翔ちゃん。でも彼女は出られない。だから、本来であれば3列目の咲羅が代役でセンターを務めることになったらしい。

 今日出演するRoseのメンバーの中には、ジャルに選ばれていない人がほとんどだから、衣装は統一せず、『花柄』があしらわれたものを着用、ということで手を打ってある。


 遠目でリハを見学しているけれど……選抜外の人たちも、短時間でこれだけ完璧に覚えられるなんて。凄い。


 一通りリハが終わりと、咲羅はもう一度気になった部分をメンバーたちと確認をしていた。

 どうやら、何か所か確認したいことがあるらしい。メンバーたちが「咲羅いける?」「体調大丈夫?」と声をかけているのが聞こえる。

 そうだ、咲羅が翔を自殺に追い込むようなことをしていないと一番知っているのは、メンバーたちだ。

 それに裏でどう思っていようが、こういう場では表に出さないのがプロだ。

 彼女たちの問いかけに頷き、もう一度立ち位置や振り付けをスタッフさんたちと確認し始めた。


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