第2話 咲羅の人生2

 いつから切り始めていたのかなんてわからない。服を着ていれば見えない位置を切っていたのだから。

 それに、事務所がなにを考えているのかさっぱりわかんないけど、水着を着た仕事はまだなかった。肌を見せる機会がないから切ってしまったことを考えると、複雑な気持ちです。


 傷痕に関しては、そこまで傷は深くないけれど薄っすらと残ってしまっていた。ただその頃からパフォーマンスが格段にレベルアップし始めて、動画サイトに投稿された歌やダンス動画には『天使ついに覚醒!』とか『女神になる予感』って称賛され始めた。


 少しふっくらとした少女らしい顔つきが痩せて、大人びて。

 身長も、デビュー時は140㎝半ばだったのが160cm目前で。

 猫をイメージした、上下別になっていてミニスカートのセクシーな衣装を着こなすようにもなって。


 大人の階段を一段も二段も飛ばして駆け上がっていく彼女を、私はただ見守ることしかできなかった。手首を切れば、なるべく傷痕が残らないように手当をして。駿ちゃんにこっそり報告して。駿ちゃんは「傍にいてくれるだけでいいんだよ」って言ってくれたけれど、何もできない自分が情けなくて、悔しくて泣いたりもした。

 

 彼女は不安定な精神状態をファンに隠し通した。ただメンバーやスタッフに隠し通せるわけもなく、すぐにバレて心療内科を受診するように勧めてられるが拒否。でも、咲羅が初めてゴールデンタイムの連ドラに出演することになって、状況は悪化した。

 家族ドラマだけどイジメをテーマにした内容で、彼女はいじめられる側の役だった。それがマズかった。


 ついに、手首を切った。

 今までは「自分のカラダの全てが商品であることを忘れるな」と口頭での注意で済ませていた事務所も、強引に心療内科を受診させようとした。

 そして何度も説得されるうちに出した条件は、「樹里が一緒ならいい」。その日のうちに予約をとって、学校が終わり帰宅途中だった私は誘拐されるように駿ちゃんが運転する車に引っ張り込まれた。

 パニックになっていた私は事情を聞いて落ち着いた。私を頼ってくれたことは凄く嬉しかったけれど、

「なんで居場所わかったの?」

 後部座席に収まり、隣に座る俯いた咲羅を見ながら駿ちゃんに尋ねる。すると、彼女がスマホをずいっと見せてきた。

 ん? なんか地図のアプリだな……でも、ただの地図アプリじゃない。

「もしかして」

「もしかしなくても、GPS」

 ルームミラー越しに、駿ちゃんが苦笑しているのがわかる。

「いつの間に? てか、誰が!?」

 一人挙動不審になっていると、咲羅がそっと手を挙げた。

「お前かーいっ」

 思わず頭を抱える。なにこの人、無断で私のスマホにGPSのアプリ入れてたってことですか。

 私のプライバシーはどこへ。

「……ごめんちゃい」

 小さな声で俯いたままだけど、こっちにカラダを向けて謝って来る。ちくしょう、可愛いな。


 結局私は彼女を許し、GPSアプリは未だに入ったまま。私だけでは理不尽なので、彼女にも入れさせて、お互いに居場所がわかるようにした。私たちはカップルかなんか?


 そして心療内科では、不安を抑える薬と、夜も中々眠れないということで睡眠薬を処方してもらった。

 それ以来定期的に通院しているけれど、毎回私もつき添っている。だから、私たちはカップルなのか?

 ただそれ以降……14歳前後、薬の影響で体重のコントロールが難しくなった彼女にファンは冷たかった。「太ったね」「アイドル失格」、心の病を公表していないから体型についてコメントするファンを一概には責められない。けれど、ちょっと成長期の女の子が太ったくらいでやいやい言うな。


 そんなしんどい状況でも彼女は事務所の韓国人スタッフに韓国語を習ったり、英語を習ったりして、海外の有名アーティストの曲をカバーするようになった。更にアイドルファンじゃない人たちを取り込むために。

「頑張れるのは樹里のおかげだよ」

 何度も現場に通うとき、車内でなんの脈略もなく言われた言葉。ずっと心に残っている。


 高校だって、咲羅にゴリ押しされたけど、自分が彼女と離れたくなくって猛勉強して入学したのだ。

 芸能コースと普通科とでは、クラスが違う。

 陰キャで内向的だった私に友達ができるはずもなく。このままボッチで過ごしていくのかなーって思ってたら、咲羅が私を1人にしなかった。授業の時は一緒にいられなくても、休み時間はわざわざ棟の違うこっちの教室まで来てくれた。お弁当も一緒に食べてくれた。『松本樹里はアイドル・岩本咲羅と仲が良い』と噂が広まり、陽キャのグループにも入れたし、徐々に性格も明るくなっていった。彼女が仕事で学校に来れない日も、他の子たちとつるめた。


 両親が離婚しても、どんなに辛くても生きて来られたのは推したちのおかげ。だから、彼女を私が支える。

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