第3話 歌番組5

 一瞬の静寂、中継が繋がる。MCの方からグループの紹介があった後、琴美さんがカメラに抜かれて話し出した。


「この度は白井翔の一件でお騒がせしてしまい、申し訳ありません。そして、心配をしてくださっているファンのみなさま、本当にありがとうございます。翔の体調に異常はありませんが、事務所からの発表にありましたように、当分お休みをいただきます。その間、彼女の居場所は私たちがしっかりと守っていきますので、これからも応援をよろしくお願いいたします」


 彼女が深く頭を下げ、それに続いてメンバー全員が頭を下げる。

 カメラが一旦スタジオに戻り、MCが曲紹介をする。

「今回はRose vampさんの『失敗作なんていらない』を披露していただく予定でしたが、特別にFioReさんとRose vampさんの合同グループ『Giardino Floreale』の曲を披露していただきます。それではお聞きください、『咲き誇れ』 Rose vamp ver,です!」

 拍手と共に再び映像がフラワー園に戻り、イントロが流れ出す。


 ふわりと花が舞うように彼女たちが動き出し、一歩前に出た咲羅が歌い出す。本来であれば翔ちゃんが歌うはずのパート。

 それなのに、まるで最初から咲羅のパートだったように感じられるのは何故だろう。

 他のメンバーたちも踊り出し、一瞬のうちに彼女たちだけの世界が創り出された。

「きれい……」

 思わず零れた言葉に、駿ちゃんが静かに頷く。

 花たちに囲まれたメンバーの中でも、咲羅は飛びぬけて美しい。

 普段見せる子どもっぽいところは全くなく、16歳だなんて思えない。それは、Roseのコンセプトが『大人らしさ』だからなのかもしれない。そしてあまりにも儚げで、今にも消えてしまいそうな表情だった。まさしく、彼女こそが『華』だった。

 それは彼女の努力の証だと思う。『子どもっぽさはいらない』『歯を出して笑うな』『大人になれ』。曲も明るい曲がほとんどないから、Rose に入った頃の彼女は特にメンタルが不安定で。しかも兼任だからフィオやソロでの仕事とのギャップに対応できなくて、かなり苦しんでいた。

 だけど今では、きっちり切り替えができるようになった。どれだけの誹謗中傷を浴びて、血のにじむような努力をしたのか。本人が一番辛かっただろうけれど、傍で見ていることしかできないのも辛かった。


 何事もなく順調に曲が進み、咲羅が1人でステージの中央に立つ。ラスサビ前、本来であれば翔と2人で踊るパート、今回は咲羅が1人で踊るようだ。

 まるでスカートを自分のカラダの一部かのように操りる姿はまるで舞う花のようで、髪のなびき方も自分でコントロールしているとしか思えないほど美しい。

 息を吞む。

 彼女が天を仰ぐ。カメラが顔をアップにした瞬間、その瞳から一筋の涙がこぼれ落ちた。

 涙までコントロールしているのか。多分、違う。彼女は感情移入しやすいというか、憑依型なのだ。だから暗い曲のときはプライベートもしんどそうだし暗いし、明るい曲だとその逆。

カメラが再び引く直前、彼女の視線がカメラではなく私の方へと向き、少し口角を上げた。

 今日の私も完璧でしょう? とでも言わんばかりに。

「はあああああ」

 小声で叫びながら頭を抱える。

「やるね~」

 隣の駿ちゃんは呑気に「あはは」と笑っていた。しばくぞ。


 でも、今回の衣装は露出が少ないからあんまりわからないけれど、滅茶苦茶痩せたなあ。前まではちゃんと体重管理出来てたんだけど……それでも『太ってる』ってSNSに書かれてたからなあ。

 そうこうしている間に他のメンバーたちも中央ステージに戻って来て、最後まで歌いきった。

 曲が終わり空間が静寂に包まれると、

「ありがとうございました!」

 全員で頭を下げ、無事に彼女たちの出番が終わった。


 その瞬間、まるでスイッチが切れたように咲羅が膝から崩れ落ちた。あまりにも急だったから誰も支えられなかった。

 メンバーたちは彼女を取り囲み、取り乱しながらも「大丈夫?」「咲羅ぁ」と声をかけている。

私や駿ちゃんも駆け寄ると

「うわあ……やっちゃった」

 テヘペロっ、と仰向けに寝転んだまま右手をコツンと頭に当てた。

「なあにがテヘペロじゃい」

 そう言ってデコピンをすると、あははと笑いながら起き上がろうとするので、他のメンバーと一緒に支えてあげる。

「無事に終わったと思ったら、気が緩んでカラダの力も抜けちゃったあ」

 けろりとして言う。

 曲終わりの表情が嘘の様に、今は優しく微笑んでいる。

「はいはい、大丈夫? 手のひらとか怪我してんじゃないの?」

 駿ちゃんが座ったままの彼女の手のひらや膝から血が出ていないかチェックしている。

「よし、大丈夫。どっこも怪我してない!」

 そう言って立ち上がるのに肩を貸している。

 良かった無事に終わった。ほっと胸を撫でおろすけれど、何故だか胸騒ぎがする。どうかこれ以上、咲羅が苦しむことが起こりませんように。

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