第3話 歌番組4/5

 20時。歌番組が始まる。彼女たちの出番は2番目。立ち位置、振り付け、ヘアスタイル、衣装など最終確認を終え、全員が立ち位置につく。

 やっぱ衣装を着るとスタイルの良さが際立つなあ……。171cmに脚の長さは90cn弱。低いヒールを履いていても存在感があるし、加えてその華奢なウエスト。


 アイドルファンじゃない人でも、彼女のスタイルの良さに憧れている人は沢山いる。いつも見守っている私からしたら、もうちょっと体重を増やしてほしいんだけど。抱きしめるだけでなのに、折れそうで怖いんだから。

 駿ちゃんの隣で、スタッフさんたちに交じって少し遠くから見守っていると、咲羅が小走りで向かってくる。

 おいおいおい、もう中継入るぞ。

「さくちゃん何して――」

「私、負けないから」

 それだけ言って、速攻で立ち位置に戻って行った。


「SNSにさ」

 立ち位置に戻る咲羅と、メンバーたちを見ながら駿ちゃんが話し出す。

「結構な数の誹謗中傷書かれてるんだよね。『岩本咲羅なんて出すな』『辞めさせろ』とか書いてあって。多分だけど、咲羅はそれを見ちゃってる。本人は平気なフリしてるし、なにも感じてないって言ってるけど」

 あれじゃあリンチだよ。

 ボソっと付け足された言葉に、ギュっと胸が潰れそうになった。


 11歳からアイドルを初めて、もう5年が経った。見たくない言葉も、聞きたくない言葉も沢山あびてきた。それを全部受け止めようとしていたから、彼女の精神は崩壊しかけてしまった。睡眠薬と、不安を抑える薬がその証拠。

 だけど、いつからか誹謗中傷のコメントを見ても「なにも思わない」「なにも感じない」と言うようになった。「私がどうとかより、樹里とか、応援してくれているファンの人たちが悲しんでることが辛い」って。


「事務所から翔が無期限の活動休止ってことは発表したし、8枚目のシングルも発売延期って後日発表することになっでる。でも、咲羅については『なにも関わってない』って発表しようにも、昨日の今日じゃ「なにも調べてないだろ」って言われるんがオチ。翔も、今は面会謝絶だから、なにを考えて死のうとしたのかがわかんないんだよ」

「私たちにできることはなにもないってことですか……」

 唇を噛み俯くと、

「そんなことないよ。というか、樹里ちゃんにお願いがある」

 顔を上げて駿ちゃんの顔を見た。いつになく真剣な表情に、なにを言われるのか少し不安になる。

「咲羅の傍にいてあげて」

「でも――」

「ただそれだけで、あの子は救われるから」

 一番のファンが、一番側で支えてくれる。

「それほど幸せなことってないっしょ」

 目を細めて嬉しそうに言う。


 それは、駿ちゃん自身がアイドルをやっていたからこそ言えるのかもしれない。彼はオーディションを勝ち抜き、5年間ボーイズグループに所属して活躍していた。解散後は芸能界を引退し、フラワーに入社してマネージャーになった。

 アイドル時代の駿ちゃんを支えた一番のファンは――岩本裕美――咲羅のお母さんで、駿ちゃんのお姉さん。今はもうあの世へ旅立ってしまった人。だからこそ、

「なにがあっても、咲羅を見捨てないでやって」

 その真剣な眼差しに、表情の美しさに、私は息を吞んだ。

「……わかりました」

「お、もう始まるよ」


 2人揃って目の前を見る。全員が立ち位置につき、中継が繋がるのを待っていた。

 ここからじゃ咲羅の表情は見えないけれど、彼女ならきっと大丈夫。やり通せる。40度近い高熱を出したって、捻挫したってそれをファンに隠してステージに立ち続ける『アイドル』だから。

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