第4話 事件は起こる
歌番組が無事に終わり、今日は駿ちゃんが家まで送ってくれることになった。「今日は」ってか、大抵駿ちゃんが送ってくれるんだけど。
咲羅が他のスタッフさんを嫌がるから。
「樹里ちゃん今日もありがとうねぇ」
お礼なんて言われる覚えないんだけどな……。
そう思って苦笑しつつ、
「いえいえ、こちらこそ、現場が見学できて良かったです。なんだか他のファンの人に申し訳ないですね」
私と咲羅が幼馴染だからと言っても、この関係は特殊すぎる。そろそろ他のファンに刺されるかもしれない。
冗談抜きで。
「いいの、私がいてほしいからいてもらってるんだから。文句なんて言わせない」
私の手を握りながら言う。だからあんたは私の彼女かって。
「タダでアイドルと握手できるなんて、いいっしょ」
ペロっと舌を出して言うから、もう手に負えない。
チクショウ……あざといな。胸がときめきで大爆発だコノヤロー。
こんな冗談を心の中で叫ぶけれど、本当に傍にいられて私は幸せ者だ。このまま一生傍にいたい、なんて言ったらなんて返してくるのかな。
「ハイハイ、イイデスネー」
「なにその棒読み!」
そんな内心を隠すようにわざと棒読みで言えば、彼女は頬を膨らませて拗ねてしまった。いやだから、あざといんだって。可愛すぎかよ。
チラっとルームミラー越しに駿ちゃんを見るとニヤニヤしてた。ぶっ飛ばすぞ。
ドンっ。
そう思っていたら、運転席を思い切り咲羅が蹴った。
「おっとー、アイドルがそんなことしないのー」
にゃはは、とまた変な笑い方をするから、何故だか私もおかしくなって噴き出してしまった。
「樹里もなんで笑うのっ」
隣の席でドタバタと彼女が暴れる。その様子がおかしくて、駿ちゃんも私も更に笑ってしまう。
良かった、今だけでも咲羅が元気そうで。
「あっ、今日はここでいいよー」
マンションまであと10分ほどというところで、咲羅が車を停めてと頼む。
「今日はちょっと歩いて帰ろうよ」
「え? 寒いよ」
「いいじゃん、ほら、ちょっと雪降ってるし。ね?」
アイドルの時は見せられない、こういう子どもっぽいところが、凄く愛しい。
「んにゃ、そういうことでやんすねー」
そう言ってドアを開けてくれる。他のメンバーがいる時は全然出さないんだけど、こういう状況だと姪っ子だから贔屓しちゃうというか特別扱いしちゃうんだよね。
「風邪ひかないように、夜道しないで帰るでやんすよ~」
「にゃっす」
車を降り、チラチラと降る雪の中を歩きだす。
「うわ~い、雪だっ」
前言撤回。咲羅は走りだしました。
「ちょっ、急に走ったらこけるって!」
そう言った途端、
「おわっ」
ツルっと効果音が付きそうなぐらい、見事に
「セーフ!!」
ギリギリこけなかった。
「言わんこっちゃない! 寿命が縮まるかと思ったわ……」
「これは、こけるって言った樹里が悪い! 言霊だ言霊ぁ」
「私のせいにしないでよ」
「あと、」
かがんで私の耳元に口を寄せ
「毎日私の顔を見てるから、寿命は延びてるでしょ?」
思わず顔を見上げると、蠱惑的な笑みを浮かべていた。
「ぐっ……」
心臓が撃ち抜かれました。ライフはゼロです。
「え…え? 大丈夫」
しゃがみ込んだ私の周りをウロチョロしながら、本気で心配している。
なにこの子。可愛いかよ。
そんな茶番を繰り広げているから、後ろから近づいてくる人物に気が付かなかった。
「後ろっ!」
駿ちゃんの焦ったような声が聞こえて、反射的に振り返る。そしたら、どことなく薄気味悪い人が近づいてきていて。
私たちがその人を認識した瞬間と、向こうが走り出したのは同時だったと思う。
チラリと駿ちゃんの方を見る。車を降りて鈍足なりに走って来てくれている。
でも、間に合わない。
「咲羅っ」
相手をじっと見たまま動けなくなっている彼女を突き飛ばしたのと、不審者がどこからか取り出したハサミで咲羅の髪を切ったのは同時だった。
更に襲い掛かろうとするのを、なんとかハサミを持った腕を掴んで止めようとする。
力強すぎっ。
「逃げて……逃げて!」
咲羅は尻餅をついたまま動けない。
「どわっ」
不審者の力には勝てなかった。私を突き飛ばし、
「お前のせいで翔たんが!!」
ハサミを彼女に突き立てようとしたその瞬間
「させるかよ!」
漸く追いついた駿ちゃんが、不審者の横腹に飛び蹴りをかます。そのまま地面に倒れ込んだところを馬乗りになり、ハサミを遠くへ投げやる。
「樹里ちゃん、咲羅見てやって。警察呼ぶから」
スマホを取り出した駿ちゃんを横目に、先ほどから動かない咲羅の横に膝をつく。
「怪我はない? ごめんね、突き飛ばしちゃって」
「う、ううん。大丈夫。こっちこそ、ご、ごめん……カラダが……動かなくて」
小刻みに震える彼女を、そっと抱きしめる。
「謝る必要なんてないんだよ……髪の毛、切られちゃったね」
「これぐらい、なんてこと……ない」
辺りには切られた髪の毛が散らばっていた。量はそれほど多くない。顔の横らへんの髪が切られてしまったけれど、彼女の顔には傷一つない。それが不幸中の幸い。
それでも、大切な髪の毛を切られてショックを感じていないわけがない。
アイドルになってからずっと伸ばし続けてきた大切な髪の毛。
私が「さくちゃんは長い方が好き」と言ったから、伸ばし続けてくれていた髪。
「咲羅、こういう時は素直に『怖かった』って言っていいんだよ。自分の気持ちを吐き出した方が楽になれる。あくまで個人的な意見だけど」
そう少し笑って言いながら頭を撫でると
「……か……た」
「ん?」
「こわかった!!」
大声で叫ぶと同時に両目からボロボロと大粒の涙が零れる出した。
おうおう、好きなだけ泣きな。涙は浄化作用があるって誰かが言ってたし。
駿ちゃんが犯人を押さえつけながら、横目でこっちを見てくる。そして、左手で小さくグッドポーズ。
彼女の号泣は、警察が到着しても警察署に到着しても、話を聞かれている間も続いた。
そして咲羅は、ある決断をする。今までなにがあっても休まず走り続けていた足を、一旦休ませることを。
1月25日深夜、岩本咲羅は無期限の休養を発表した。
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