第1話 貴女は私の推し2/3

「え?」

 どんな表情で言っているのかわからない。咲羅は、私に表情を見られない為にわざと肩に頭を乗せたのか?

 困惑する私を置いてきぼりにして、彼女は話を進める。


「昨日の夜、駿ちゃんから『翔と連絡がとれない。何か知らないか』って連絡がきたの。今日は歌番組の生中継でしょ? あの子だけ別の用事で打ち合わせの時に来られなかったから、昨日事務所で打ち合わせがあったの。それなのに来ないから、一番仲のいい私ならなにか知ってるんじゃないかって」

 駿ちゃんとは、岩本駿太マネージャーのこと。咲羅の叔父さんで、私もお世話になりまくってる。

 彼が翔の家に直接行ければ良かったんだろうけど、今日は歌番組もあるし、朝から動き回っているんだろう。無理だよなあ。


「駿ちゃんが動けないなら私が様子見に行くよ、って翔の家に行ったの。私、この間あの子の家に泊まって合鍵を返し忘れてて、持ってたから。そしたら、そしたらさ」

 咲羅が私を強く抱き締めた。

「玄関入った途端に、シャワーの音が聞こえたて嫌な予感がして……」

「もういいよ。話さなくていい」

 血まみれ、シャワーの音。この先は聞かなくてもわかる。リストカットをして、死のうとしたんだ。

「発見があと少し遅かったら死んで――」

「もういい!」

 段々呼吸が荒くなってくる彼女を抱きしめ、言葉を止めさせる。

 え……軽っ。なんというか、骨骨してる。元々信じられないくらいに細かったウエストが、更に細くなっている気がする。

 取り敢えず落ち着かせるために、点きっぱなしのテレビの前のソファに座らせる。

 画面の中では、ちょうど今回の翔ちゃんの件について無関係のコメンテーターたちがなんやかんやと喚ていた。

 今の咲羅にこんなの観せるべきじゃない。

 じっとテレビを見つめる彼女を見て、

「ごめん、消す――」

 テレビのリモコンに手を伸ばそうとした瞬間

「あの人たち何言ってるんだろうね」

 腕を強く掴まれた。

「あはははははははははははははははははははははははははははははははははははは」

 突然笑い出したかと思うと虚ろだった目が急に鋭くなり、

「咲羅!」

 止める間もなく、傍にあった手鏡をテレビ画面に投げつけた。

 破片が部屋中に飛び散る。私は、反射的に咲羅を破片から庇う。

「怪我してない!?」

「なんで怒らないの」

「翔ちゃんがあんなことになって、ワイドナショーとかSNSで色々言われまくったら、そりゃメンタル滅茶苦茶になるでしょ。だから発散できるならした方がいいって。まぁこれはやり過ぎかもだけど」

 咲羅に怪我がないことを確認し、

「一回落ち着こう」

 テレビ前のソファには破片が散らばっている。仕方ない、地べたにゆっくりと彼女を座らせる。


「ごめん、冷蔵庫開けるね」

 何か飲み物を、と思って冷蔵庫を開けると、そこには

「なにもないじゃん……」

 野菜室を開けても、どこを開けても、空っぽ。新品みたいになにもない。調味料も飲み物も、食べ物一つ、なんにもない。

 最近はお母さんも忙しくてご飯を持って来れてなかったし、咲羅も安定してたから油断してた。

「あ……」

 なにかが引っかかる。

 睡眠薬がぶちまけられていたところをもう一度よく見てみると、なんのかはわかんないけど、サプリメントらしき物も転がっている。

 それを拾いあげながら、これを追及するかどうか悩む。彼女を見ると、ひざを抱えて俯いたまま動かない。

 そういえば、さっき抱き締めた時前よりも明らかに細くなっていた。

 彼女は今確実に不安定だ。下手に刺激をして、メンタルを更に不安定にさせたくない。

 サプリメントも睡眠薬もポケットにそっとしまい、後で駿ちゃんに連絡することを……。

「あ!駿ちゃんに連絡しなきゃ!」

 咲羅、スマホは充電が切れてそのままにしてたって言うから絶対心配してる。

 急いでポケットからスマホを取り出し、ひざを抱えて俯いている彼女に聞こえないようにリビングを出て電話をかける。


 プルルル――。

「樹里ちゃん!?」

 数コールで出たなと思ったら、

「樹里ちゃんからかけてきてくれたってことは、もしかして、いや樹里ちゃんのことだから絶対咲羅のとこにいるよね? 咲羅どんな感じかな。多分相当メンタルキテると思うから、万が一があるかもだけど、救急車呼んでるんだったらもっと早く連絡が来るだろうし……。てことは、生きてるね。良かった!」

「合ってるけど自己完結すな!!」

 この人アニオタだから、特有の早口で人を置いてきぼりにするクセがあるんだよなあ。

「本当にありがとう。いつも頼りっぱなしでごめんね、樹里ちゃん」

「ううん、これは私が勝手に動いたことだから」

 伝説のアイドルだからとか、最年少アイドルだとか、そんな肩書関係ない。私は樹里のことが大好きだから、いつも気にしているだけ。

「それで、ちょっと相談があるんだけど――」

「ちょっ!」

 いつの間にリビングから出てきていたのか、突然スマホを奪われた。

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