第1話 貴女は私の推し3
「駿ちゃん、今日の歌番組出るから。今すぐ迎えに来て」
なに言ってるの? こんな状態で出られるわけがない。死にかけていた翔ちゃんを見てメンタルがイカれていないわけがない。
「私は、このまま言われっぱなしじゃ嫌だ。私を応援してくれているファンの為にも」
偉い人たちが休養を勧めてきたとしても、絶対にステージに立ち続ける。闘いたい。
あることないこと書かれて傷ついているのは咲羅だけじゃない。咲羅を応援しているファンも苦しんでいる。推しを信じていいのか。本当に追い込んでしまったのか。
そんなファンのために咲羅はステージに立とうとしている。
だったら、私にできることは……。
それから一言二言交わして、彼女は電話を切った。
「ごめん、勝手に借りて」
謝りながら返してきて、
「今日の歌番組、出られることになった……でも、曲は『失敗作なんていらない』じゃなくてジャルの『咲き誇れ』をRoseバージョンで披露するって」
不安げに揺れる瞳を見て、
「大丈夫だよ。さくちゃんは大丈夫」
私が支えるから。傍にいるから。
そう言うと、無言で抱きしめてくれた。肩にぐりぐりと頭をこすりつけられる。地味に痛い。
痛いけど、この痛みさえ愛おしい。
「さくちゃん、時間時間。もうすぐお迎え来るよ」
「んにゅ」
変な効果音と共に彼女は顔を上げて準備を始めた。
その間に、私は散らばった破片や脱ぎっぱなしになった洋服、机の上に散らばったコンビニ弁当などを片付ける。
ゴミを片付けるのはいつものことだ。天は咲羅にアイドルとしての才能は授けたけれど、生活能力は授けなかったらしい。まあ、まだ16歳だからそこまでできなくても全然問題ないと思う。私だって料理は全然できないし。
ピンポーン。
「来たっ」
チャイムが鳴る。迎えが来た。
準備をしていたはずなのに、チャイムが鳴った途端に慌てだす。なんでだよ。
「すぐ降りますね……って駿ちゃんじゃん!」
ドタバタしている代わりに私が出ると、迎えに来てくれたのは駿ちゃんだった。
「ほいほい、駿ちゃんですよー。俺っちが迎えでビックリした感じ? まあ、このタイミングで手が空いてるのが俺だっただけでやんすよー」
「できた!」
インターホン越しに会話をしているうちに、漸く彼女の準備が終わったみたい。
「すぐ行きます」
「了解でーす」
急いで部屋を出て、下に降りる。
「お待たせしました!」
走って来た勢いそのままに頭を下げると、
「なんか樹里ちゃんを迎えに来たみたいだね」
そう苦笑して
「咲羅、いけるんだね」
問いかけられた彼女は、じっと駿ちゃんの目を見る。
「うっし、そんなら早く乗った乗った」
私には立ち入ることができない、2人の会話。なんだか少し羨ましい。
咲羅が乗ったことを確認しドアを閉めようとすると、
「なにしてんの、樹里ちゃんも行くよ」
「は!?」
問答無用で私も車に乗せられました。最早誘拐です。
シートベルトを締めた途端、ふわあ、と咲羅が欠伸をする。
「眠い?」
「なんか樹里が隣にいると眠れる気がする」
宣言通り、車が発進すると早々に彼女は眠りの世界へ旅立って行った。まあ、眠れるうちに眠れている方がいい。
走り出して数分、
「ごめんね樹里ちゃん、無理矢理。予定とかなかった?」
ルームミラー越しに駿ちゃんが眉毛を下げているのがわかる。
「大丈夫です。予定があったとしても、咲羅の為なら万難を排して火の中水の中……」
「その精神好きだわー」
にゃはっ、と駿ちゃん・咲羅特有の笑い方をする。もう何度も聞いたから、今更ツッコんだりしない。
ふと横の咲羅を見ると、泥のように眠っている。
静かになった車内で、咲羅がデビューした当時のことを思い出す。
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