第1話 貴女は私の推し1/3

 私たちは、元々高校は別々のところを受験する予定だった。でも、

「高校一緒のところ受けようよ」

「は!? さくちゃんが受けるところって、芸能コースがあるとこで――」

「大丈夫、普通科もあるからさ」

 そうやって通学鞄から高校のパンフレットを取り出し、ゴリ押しされました。反論・抵抗する余地はなく、

樹里じゅりがいない高校なんて通う価値ないよ。樹里がいないなら進学しない」

 彼女がそう周囲に言ってしまったせいで、私は事務所のスタッフさんやらマネージャーさんやら様々な方から「頼むから同じ高校を受験してくれ」とお願いされた。

 はい。勿論同じ高校を受験して、無事に2人とも入学しましたよ。潤んだ瞳で見つめられて打ち勝てる人がいるのなら出てこいや。


 自転車をぶっ飛ばすこと20分。あともうちょっとでマンションに着く。どうかアンチコメントを見ていませんように、どうかバカなことを考えていませんように、どうか、どうか生きていてくれますように。

「うっしっっっ!」

 変な声を出しながらマンションの前に自転車を乗り捨て、再度電話をかけながらエントランスに入る。部屋番号を押して呼び出すけど、応答なし。

「なんで出ないの!?」

 もしかして留守なのか……でも、嫌な予感が胸に渦巻く。

 よし、ここは強行突入するか。だって、私には合鍵があるから!


 インターホンも鳴らさずに鍵を差し込み、そのまま開ける。薄っすらとリビングの光が点いているのが見える。

 やっぱり、いた。

 靴を揃える間も惜しくて、脱ぎ捨ててそのまま突撃。

 リビングのドアを開けると、テレビだけが点いて薄暗い部屋の中で咲羅は膝を抱えて地べたに座っていた。

「生きててくれてよかったあああ」

 彼女の姿を見た瞬間、思わず抱き着いてしまった。そんな私に何も言わず頭をよしよししてくれるなんて、この子は天使ですか?

 待った。よしよしするのは彼女じゃなくて私の立場。

「なんで電話でないおのおおお」

 顔面をいろんなものでぐっちゃぐっちゃにしながら聞くと、

「充電切れてそのままにしててた」

 ごめんね? と首をコテンと傾け、爪楊枝が乗せられそうなほどに長いまつ毛、星空にも以上に美しい瞳で見つめられてしまえば、何も言えない。

 仕方がないからそのまま首に顔をうずめて、咲羅の匂いを目一杯吸い込む。変態か? 変態だな。別に気にしない。だって周りに誰もいないし。

「樹里、そろそろ……」

 おっと、ストップが出てしまった。残念。また今度吸わせてもらおう。

 落ち着いて部屋を見渡してみると、もう冗談がいえない状況が広がっていた。

「なにこれ」

「あ……えっと、睡眠薬」

 電気の点いていない薄暗い部屋に、点きっぱなしのテレビ。そして、散らばった睡眠薬など。

「飲んだの」

「いつもは飲んでるけど」

「それは知ってる。そうじゃなくて、量」

 返事なし。振り返って、じっと咲羅の目を見つめる。すっと逸らされたけど、逃がすつもりはない。

「さくちゃん」

「沢山飲もうとした……ところ」

 睡眠薬をちょっと多めに飲もうとしたところで、死ねはしない。でも、もしものことがあったら。一歩間違えれば。

「バアアアアアアアアアアカ!」

 さくちゃんの両頬を引っ張って睨みつける。

「あんたの夢はなに!」

「てっぺにゅとりゅこちょ」

「そうだよね、アイドル界のテッペン取るんだよね。だったらこんなとこで死のうとしてんじゃねえよ。生きろよ!」


 咲羅はFioRe――通称フィオ――に加入した当初から、観てるこっちが苦しくなるほど叩かれてきた。練習期間が他のメンバーよりも短いにも関わらず、デビュー曲ではWセンター、その次からフィオではずっとセンターを任せられてきた。兼任しているRoseでは別の子がセンターを任せられてるけど、それまでは彼女がセンターだったから、本当に冗談じゃないくらい叩かれてきた。

 精神を病むほどに。

 彼女の痛みは私の痛みだ。彼女が苦しい思いをしている度に、胸をかきむしられる思いがする。

 何度もそれを伝えているのに、どうして伝わらないんだろう。どうして、どうして、どうして。

 そんな思いが胸の中で渦巻くけれど、今はちゃんと伝えなきゃいけない。

「生きていてくれてありがとう」

「にゃっす」

「ふざけてる?」

「ふざけてない、ふざけてない」

 漸くほっぺから手を離す。力を入れ過ぎたらしく、頬がほんのりと赤くなってしまっている。

 うん、可愛い。

 そんなことを思いながら、床に座り込んだ咲羅の隣に私も座って肩をくっつける。温かい。たしかに、無事に生きている。

 言葉を発することなくじっと座っていると、

「そのままで聞いてほしいんだけど」

 彼女は私の左肩にコツンと頭を乗せて、

「私ね……私がね、血まみれの翔を発見したの」


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