アイドルは茨の花道

佐久間清美

第1章 華の再生と成長、開花

プロローグ 日常は簡単に崩れる

 今よりもずっと幼かった頃の夢を見る。

「絶対アイドルの一番上に立って、樹里のこと笑顔にするからね!」

 指きりげんまんをしたことをあの子は覚えているだろうか。それとも、もう忘れてしまっただろうか。

 どちらにしろ、彼女は約束をちゃんと果たそうとステージに立ち続けている。

 『岩本咲羅さくら』、それが私の親友で、FioReフィオーレRose vampローズ バンプ、2つのグループを兼任するスーパーアイドルの名前。


 2021年1月25日、冬休みが明けて悠々自適に過ごせる日々は終わった。今日も学校の宿題がどっさり。週の初めからこんなに出すなよ。

 取り敢えず明日提出以外の宿題を放り出して、今夜行われるRose vamp――通称Rose――の歌番組生出演に備え、披露される楽曲『失敗作なんていらない』の振り付けを復習する。曲調も歌詞もクソ暗いから賛否両論あるけれど、私は結構好き。「失敗作なんていらない」っていいながら自分の写真を真っ白な棺に破り捨てるのはどうかと思うし、推しの咲羅は3列目センターだけれども。

 私以外のオタクも似たり寄ったりで、SNSは早くも盛り上がりを見せている。『あの楽曲を披露するのか…』『Rose段々闇深くなってるけど大丈夫か』『歌詞はともかく、踊りとか表情とかは好き』。


 その状況が変わったのは、SNSに『Rose vampの新センター白井翔、自殺か』の記事が流れてきてから。


 スマホの通知が鳴りやまない。私が咲羅と幼馴染で一番仲がいいって知ってる同級生たちから、「咲羅ちゃん大丈夫なの?」「あの記事ってデマだよね?」とひっきりなしにメールがくる。

 なんで咲羅まで心配されてるのかと思って急いで記事を確認すると、『Rose vampの岩本咲羅(16)、メンバーを自殺に追い込む』。ネットには「自殺」の2文字が溢れかえっている。

 この事態に、事務所は迅速に対応。「弊社所属の白井翔は一命をとりとめており、無期限の活動休止とさせていただきます」「岩本咲羅が関与しているかについては、現在調査中でございます」って文書を発表したけど、SNSではそんなことお構いなし。咲羅が悪者にされてるし、翔ちゃんは死んだってデマで溢れている。

 勝手に殺すな。ネット記事クソすぎだろ。しかも咲羅が自殺に追い込んだってなんだよ。そんなことするわけねぇだろうが。

 咲羅を『伝説のアイドル』『100年に1度の天才』とか勝手に祭り上げといて、手のひら返しがひどすぎる。


 PCで情報収集をしながら咲羅に何度電話をかけても、出ない。

 今日学校に咲羅は来ていなかった。今まで仕事以外で休んだことがない彼女が、だ。

 登校してからメッセージを送ったけど、既読スルー。もしかしたら急に仕事が入ったのかもしれない、と彼女のことを頭の片隅に……ううん、あの子のことで頭がいっぱいだったから、授業をしてくれた先生にはちょっぴり申し訳なかった。

 そんでもって、今の事態は非常にまずい。

 あの子の腕にはためらい傷がたくさんある。だから衣装は手首を隠すようなアクセサリーだっだったり、長袖だったり、夏場だったら傷が見えない程度にレース生地の袖で隠してある。

 それに、睡眠薬だって飲んでいる。もし多量服薬をしていたら……。

 考えただけでゾッとする。

 まだ連絡がとれない。既読もつかないし、電話にも出ない。

「あぁぁぁ、もう!」

 居ても立っても居られなくなり、咲羅に電話をかけながら家を飛び出す。

「やっぱり出ないっ」

 一旦電話を切り、自転車に飛び乗る。

「なんでさくちゃんが犯人みたいな扱いされなきゃいけないんだよ!」

 思いのほかデッカイ声が出てしまい、数名の通行人がぎょっとして見てくるけど、そんなの知らん。ちゃんと車道走ってるから許せ。


 咲羅がアイドルデビューするまでは、いや、してからもちょっとの間は家が隣だったから頻繁に行き来してた。

 お母さん同士が仲良くて、生まれてからずっと一緒にいて、私たちは幼馴染で親友。

 でもデビュー前にお母さんが亡くなって、事務所が管理しているマンションに引っ越してしまった。それでも関係は変わらない。というか、それまで以上に深くなった。私のお母さんが作ってくれたご飯を持って行ったり、お泊りを毎日のようにしたり。

 なんて余計なことを考えながら、寒さを吹き飛ばす勢いで、私は彼女の元へと向かった。


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