第5話 貴女のためにできること4

 1月29日(金)。

 今日も咲羅は学校を休んだけれど、「行ってきます!」って言ったら

「行ってらっしゃい」

 玄関まで出てきてくれた。

 彼女が少しずつ日常を取り戻してくれて嬉しい反面、どこか寂しさを感じるのは何故なんだろう。

 彼女の家に毎日泊まるのが当たり前になっちゃってる。

 私は彼女の親友で、ただのファンでいると決めたのに。

 これ以上はなにも望んじゃいけないってわかってるはずなのに。

 心は素直にそれを受け入れてくれない。『ずっと傍で支えたい』彼女の隣は私がいい。それは日常でも、ステージ上でも。

 ああ、もう。

 沈んでいく思考を振り払うように、自転車のペダルを強く踏み込んで冷たい空気を全身に浴びながら学校へと向かった。


「ただいま」

 夜、練習に参加した後咲羅の家に帰ってリビングのドアを開けてみれば、ソファでスマホを覗き込んでいる彼女の姿があった。

 イヤホンをしていないから、なにを観ているかなんてすぐわかる。どうりで返事がなかったわけだ。

 練習動画だ。

 今朝、彼女の方から「練習動画を送ってほしい」と言ってきたから全部送っておいた。まだ観られるメンタルじゃないかなあ、と思っていたけれど、それは杞憂だったみたい。

 イヤホンなんてしていなくても、咲羅は一旦集中したら、ちょっと声をかけたぐらいじゃ反応してくれない。


 荷物をソファの横に置いて、

「咲羅」

 彼女の肩を叩く。

「……およ? いつの間に帰ってたの?」

「ついさっきだよ」

 苦笑しながら言うと、

「にゃー、気づかなかったわ。おかえり」

 スマホを置いて抱きしめられた。あー癒される。彼女の匂いを嗅ぐだけで、今日の疲れが全て吹き飛んでいくわ。しかも頭をポンポンと優しく叩いてくれるし。

「あっ」

「にゃっす?」

 いかんいかん、忘れるとこだった。

「今日駿ちゃんからお弁当貰ってきたからさ。一緒に食べよ」

「おーけー。食べよ食べよ」

 鞄からお弁当を取り出しながら、「そういえば」と話を切り出す。

「昨日駿ちゃんから、31日のバースデーライブ見学に来ない? って連絡あったよ。観客席からじゃなくて、舞台袖からでいいって」

「あぁ……そっか、もうそんな時期か」

 少し声のトーンが低くなったのが気になり咲羅に視線を向けると、

「ちょっと考える」

 少し俯いて自室へと入ってしまった。

「あちゃー、ミスったか」

 思わず頭を抱える。やっぱり舞台袖でも人込みはまだ無理だよね……。いくらアイドル界のトップを走り続けてきたとはいえ、彼女は16歳の少女だ。その心はやわくて脆い。



 取り敢えず彼女の分のお弁当を冷蔵庫にしまい、駿ちゃんに《見学、無理かもしれないです》とメッセージを送った。

 その後【13時30分開演だから、最後の方ちょろっと観に来るだけでもいいよ。俺もそろそろ咲羅の顔見たいし】と返信があったけれど、どうだろうなあ。

 もしファンだけじゃなくてスタッフさんに近づかれるのも無理なんだとしたら……。

 大丈夫だよね、咲羅。またステージに立てるよね?

 自傷行為をしてもステージに立ち続けて走り続けた彼女を私が一番信じて支えてあげなきゃいけないのに、それができない自分が悔しい。


 1月30日(土)。

 昨日はあれから自室に籠もりっぱなしで、今日は見送りもなし。

 私はといえば、事務所で練習に参加して、咲羅の家に帰って。

 というか、『帰る』って表現おかしいよね。自転車を漕ぎながら考える。

 私の家はちゃんとあるわけだし、いくらお母さんが許してくれてるとはいえ、咲羅の家に泊まり過ぎじゃないか。

 でも、ここで目を離したら。もしかしたら翔ちゃんと同じことをしてしまうかもしれない。

 翔ちゃんのことがなくっても、最近のパフォーマンス中の咲羅は儚げで。少しでも目を離したら消えてしまいそうで。

 そう考えると、ついつい咲羅の家に泊まってしまう。

 そんなに心配なら学校行かずにずっといろよ、って感じだけど、出席日数だけは無視できないんだよなあ。憎たらしい。

 あと、私が彼女にできることと言ったら咲羅のために代役としてライブの練習に参加することしか思いつかないから。

 グルグルと考えながらリビングで宿題をしていると、ガチャリと音がして顔を向けると咲羅が現れた。


 朝置いていたご飯食べてなかったみたいだし、お腹空いたのかな。

 彼女を心配させないように笑顔を貼り付けて、

「お腹空いた? 昨日貰ったお弁当が残ってるから――」

「ううん」

 立ち上がった私を遮るように首を振ると

「明日、行きたい」

 これは予想外。思わず目を見開く。「大丈夫?」って言おうと思ったけれど、ここで彼女の決心を鈍らせたくない。

「了解。駿ちゃんに伝えておくね」

「大丈夫。私から言ったから」

 もこもこパジャマの袖を握りながら言った。

 あぁ、この子は私が思っているよりも何倍も強い。

「OK。それじゃあ、ご飯食べよ。私も小腹空いたし」

 咲羅を優しく抱きしめて言うと、耳元で小さく

「うん」

 と返事をしてくれた。

 その後私たちは一緒にご飯を食べて、何故か一緒にお風呂に入って。彼女が欠伸をしたから

「もう寝ようか」

 リビングのドアを開けようとすると、ギュっとパジャマの袖を引っ張られて

「一緒に寝ようよ……」

 今日は甘えたさんだなあ。かあいいねえ。

 宿題がまだ途中だけど、明日早起きしてやればいっか。

「りょーかい」

 2人で眠るには少し狭い咲羅のベッドで身を寄せて、眠りました。と、すんなり寝てくれれば良かったんだけど、寝る前に彼女は少し泣いてしまった。

「やっぱり明日が不安?」

 咲羅の涙を拭いながら尋ねると、

「ううん、1人で寂しかった」

 あぁ……出席日数なんて気にせず、ずっと彼女の傍にいてあげれば良かった。

「明日は休みだし、ずっと一緒にいるから大丈夫だよ」

 そう言って頭を撫で続けていると漸く安心してくれたのか、彼女はいつの間にか眠っていた。

「おやすみ」

 大丈夫だよ、私が傍で支えるから。

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