第6話 復活へ1/6

 1月31日(日)

 Roseの蘭ちゃん・綾菜ちゃん・希美ちゃんのバースデーライブ当日。

 客席は沢山のファンで満席で、ステージ裏ではスタッフさんが忙しなく動きまわっている。

 咲羅はキャプを深く被って、髪を束ねて――切られた部分はヘアピンで耳の後ろに止めて、舞台袖から幕が開くのを待っていた。

 私はといえば、そんな彼女に手を握られたまま。そして片側には駿ちゃんがいる。

 やっぱり顔見知りのスタッフさんでも、沢山の人の中にいるのはちょっとしんどいみたい。

 彼女の手を握り返すと同時に、私たちとは反対側に主役の3人の姿が現れた。こちらに向かってお辞儀をしてくれたから、私は「頑張れ」の意味を込めてガッツポーズをする。

 そうこうしているうちに会場が暗くなり、ステージに照明が当たる。

 いよいよ、彼女たちのステージが始まった。


 3人とも2期生で、加入して約6カ月ちょっとだけど、本当に成長したなあ。日々レッスンで彼女たちが成長する姿を直接見てきたから、なんだか涙が出そうだ。

 勿論咲羅のパフォーマンスには遠く及ばない。でも、彼女たちはもっとこれから華開いていくんだろう。

 ああ、やっぱりアイドルっていいな。

 たった3人だけなのに、いや、3人だからこそなのかな。みんな伸びのびとパフォーマンスをしていて、あっという間に会場は彼女たちの色に染まる。

 ふと隣の咲羅に目を向けて見ると、アイドルとしての血が騒ぐのか音に合わせて少し踊っていた。相変わらず私の手を握ったままだけど。

 心に「この子はまだアイドルとしてやっていける」という思いが芽生える。すぐに復活するのは無理かもしれないけれど。

 今日彼女をここに連れてくることができて良かった。

 そう安堵していると、

「樹里と一緒に立てたらなあ」

 咲羅がボソッと小声で言った。

 ハッと息を吞んで彼女の横顔を見るけれど、視線はステージで踊る3人に向けられていた。

 私がアイドル……。

 考えたことがなかったわけじゃないし、事務所の人に『アイドルにならないか』って声をかけられ続けてる。それは断ってるけど、今だってレッスンに、謎に参加させてもらったりしてるし、実はお母さんは元アイドルだったりするし。まあ、芽が出なくてすぐに辞めたみたいだけど。

 ただ咲羅のお母さんと同じ事務所で仲良くなったみたい。そして、結婚してから家も近所になって、私と咲羅は生まれたときから一緒だった。

 だから咲羅は私の家にあれやこれやを知っている。例えば、お父さんが借金を残して失踪したこと。お母さんはその借金を返すために、朝も晩も働いていること。

 お父さんがいなくなった当時、精神が滅茶苦茶不安定で自殺を考えた私を支えてくれたのが咲羅だった。

 私に『咲羅の隣』という居場所をくれたのも彼女。

 だから私は、何度も心に誓っている。なにがあっても彼女を傍で支えるって。

 いつからか芽生えてしまった、彼女への親友以上の気持ちを押し殺して。


 なのに、もしアイドルになってこれまで以上に距離が近づいてしまったら。きっとこの気持ちは隠し通せない。

 それに、彼女から「一緒にアイドルをやりたい」と言われたのは初めてじゃない。今回で2回目だ。

 彼女がリスカをしてしまって、病院からの帰り道の車内で

「樹里とアイドルやりたい」

静かな車内で唐突に言われた。そのときは

「私はただのオタクでいたから」

「そう」

 特にその後会話も無く、その日から私の心には彼女の揺れた瞳と真剣な声が渦巻いている。

 少し俯いて考えていると、咲羅に顔を覗き込まれて

「うわっ」

 思わずギョッとしてしまう。

「樹里ちゃん、しー」

 割と大きな声が出てしまったようで、駿ちゃんから静かにするようにと苦笑されてしまった。……ごめんなさい。

 そんなことより、

「どうしたの、さくちゃん」

「それはこっちのセリフ。大丈夫?」

「うん、大丈夫だから。ほら、ステージ観よ」

 わざとらしく笑って視線を前に向けると、彼女が耳に口を寄せてきて

「さっき言ったこと、本気だから」

 ……え?

 聞き返そうとしたときには、咲羅は既にステージで踊る3人を見つめていた。

 そんなこと言われちゃったら。

 咲羅が望んでいることをわかってしまったら、決意が揺らいじゃうじゃん。私のことをただの親友と思ってくれていていいから、ただ傍にいさせてほしいだけなのに。

 私のものになってくれなくていいから、傍で支えさせてほしいだけなのに。

 でも、この子がそう言ってくれるなら、なってもいいのだろうか。

 咲羅と同じステージに立ってもいいのだろうか。

 頭の中がぐちゃぐちゃになって、その後は全くライブに集中できなかった。ごめんね、3人。

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