第7話 本当の気持ち1/6

 2月1日(月)

 久しぶりに咲羅と一緒に学校に登校して、コースは違うから玄関で別れたけど、お昼ご飯を一緒に食べた。

「みんなから滅茶苦茶心配されたー」

 と特になにも思っていないような顔で言うもんだから、

「そりゃそうでしょうよ」

 だってひっきりなしに来ていた、友人たちからのメッセージに1つも返信していなかったんだから。

「生きてて良かったあ、ってガチオタの子からは泣かれた」

 あれについてはちょっと申し訳なさを感じました、と少し反省している様子だった。

 まあなにはともあれ、無事に学校生活に戻れて良かった。


 学校が終わると、駿ちゃんの迎えで事務所へレッツゴー。事務所の一室に案内されると、美容師さんが既に待ってくれていた。

 なんか緊張する。いや、切られるのも切るのも私じゃないんですけどね?

 私が無駄にドキドキしていると、

「ジャジャジャジャーンって見せたいから、樹里はちょっとお外行っといて」

 にゃはっと笑う咲羅に背中を押されて、あっという間に部屋から追い出されてしまった。

 おいおいおい。通り魔にハサミで襲われたから、ハサミ使われるの大丈夫かなーって心配してた気持ちはどうすりゃいいのよ。

 まあ、髪を切ることを楽しんでいるようで良かった。

 ん、良かったのか?

 普通あんなことがあった後で、こんなにも髪を切ることを楽しめるものかな?

 そう思いながら事務所の自販機で飲み物を買おうとしていると、

「樹里ちゃん?」

「あっ、琴美さん! お久しぶりです」

 Roseのリーダーであり、学校の先輩でもある琴美さんが手を振りながら駆け寄って来てくれた。

 あー、今日も可愛いな。

 琴美さんはなんていうか透明感があってクールな顔立ちなんだけど、笑顔だったりその立ち振る舞いが一々可愛らしい。

 事務所箱推しの私としては、グループのメンバーに会えるだけで幸せだ。

「なにしてるの?」

 自販機のボタンを押そうとした手を一旦引っ込め、咲羅が髪の毛を切ること、部屋を追い出されたことを説明すると、

「なるほどね。じゃあ、樹里ちゃんはちょっとの間暇ってことだね。じゃあ近くのカフェでお茶しようよ。お姉さんが奢ってあげるからさ」

 いや、琴美さんも私と同じ高校生じゃないですか。と思いつつも、別に断る理由はないので彼女に続いて事務所を後にした。


「昨日はRoseのバースデーライブ、見学したんでしょ? あの子たちっていうと失礼かな。私たちよりも年上いるし。でも、成長したよねえ」

「思いました。日々成長してるっていうか、華開いてますよね」

 うんうん、と同意をすると、

「でも、樹里ちゃんの方がよっぽど上手いんだよね」

 おっと、急に私の話になったな。

「そりゃ毎日のようにレッスンに参加してますからね」

 苦笑を浮かべるしかないけれど、正直琴美さんの言葉は素直に嬉しい。彼女はRose活動初期は最後列で、人気は全然なかった。それが、歌番組やライブでのパフォーマンスで人気が出て、フロントにまでのし上がった人だから。

 あと、研究生の子たちには申し訳ないけど、ダンスに関しては私の方が上手い。こちとら2019年からレッスンに参加してるんだから。しかも、振りはフィオもRoseも覚えてる。全員分。だって箱推しでもあるから。

 というか、いつの間にか研究生としてファンの中では位置づけられていて、って当たり前か。知らぬ間に動画にちょくちょく映り込んでいたし。

 コメント欄には「この子、研究生の欄に名前ないけど、そうだよね?」「この子といると咲羅たんの雰囲気やわらかくなってる気がする」「運営ちゃんと名前載せろや」そんなコメントが溢れるようになってたし。

「でも、いつかは彼女たちの方が私よりも上手くなって、アイドルとしてスポットライトをあびていきますよ」

 所詮は誰かの代役でしかない私と、アイドルの彼女たちとでは雲泥の差がある。それでも、今は私が咲羅の傍にいたい。

 メンバーの中には彼女のことを『神様』や『天使』みたいに崇めている子がいるけれど、結局のところ、彼女を神様のように崇めているのは私なのかもしれない。

 私たちは影の形に寄り添うようにして、一緒に生きてきた。まるで姉妹のように。

 なんと、赤ちゃんのときには一緒にCMに出たらしい。覚えてないけど。


「それでいいの?」

「え?」

 琴美さんはコーヒーを飲みながら尋ねてきた。

 それでいいのって……。

「だって、最初は代役もダンスレッスンもやる気なかったでしょ。そりゃそうよね。咲羅ちゃんの付き添いでいたら、急にレッスン参加だもん。だけど、いつの頃からか急にやる気が出て、研究生やメンバーたち以上にレッスンに励むようになった。それはなんで?」

 なんでって言われても。

 いや、ほんとなんでだろう。

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