美しいを探す旅

狐桜

第1話

 もし目が見えたら真っ暗とでもいうのかな。私は生まれたときから目が見えない。だから色の識別や明暗の違いなんて分からない。


 生きていくのが不自由だと思ったことはない、だってこれが私の普通だから。でももし叶うなら、この世界を目で見て歩いて回ってみたい。


「その願い、ワシが叶えて差し上げよう」


「えっ」


 一瞬にして広がる景色。眩いばかりの光、色。情報が入ってきすぎて脳が混乱している。


「ほっほっほっ、最初は目と脳が慣れるまで時間がかかると思うがそのうち馴染むようになるわい」


「おじさん、いったい…なにもの?」


「ワシはただのじいさんじゃよ」


 ニヤリ、と笑う顔には裏があるような気がしてならない。だけど…目が見えない以前の私だったら表情すら分からなかった。


「それ、呆けている暇はないぞ。世界を回って美しいものを探してくるんじゃ。そしてそれをワシに教えておくれ」


「一気にいろいろありすぎて困ってたんです、一応お礼は言っときます。ありがとうおじいさん」


「礼には及ばんよ、それじゃあ現実に戻すからの」


「それってどういう…」


 最後の「こと?」、が出る前に目が覚める。今までの出来事は全部夢の世界で起きてたことだった。現実味がありすぎて気づかなかった。


「まぶしい…」


 カーテンの隙間から部屋に入った光でさえとても眩しく感じる。ああ。私の部屋ってこんな景色だったんだ。何年も使っていたはずのベッドすらも新しいものに感じる。私が色は揃えてくださいってお願いした気がする。確かその時に全部青で統一してと言ったような…。


 見えてるこの色が青色なのね。私の髪は茶色らしい。見ても何色か分からないし、これが茶色なんでしょうね。


 そうして自分の部屋や身体を見てきょろきょろしていると母親が駆け寄ってくる。


「アリン…!もしかして!」


 目が見えているような動きをしていたからかとてもびっくりしている。私のお母さんはこんな顔だったのね。


「目が見えるようになったの!?お母さんの顔分かる!?」


「そんなに驚かなくても見えてるわよ、お母さん」


「これが…奇跡なのね…」


 泣きながら呟くお母さん。確かに奇跡…としか言いようがない。あのおじいさんは何者でどんな力を持っているのか分からないけれど、せっかくのチャンスを無駄にはできない。


「お母さん、突然でびっくりすると思うけれど、世界を見て回るのが私の夢なの。行ってきてもいいかな?」


「これ以上びっくりすることなんでそうそうないよぉ…いいんじゃないの?世界を見て回ってらっしゃい。


ただし!ちゃんと家に帰ってくるんだよ、お母さんが死ぬ前にね」


「その冗談笑えない。分かってる、ちゃんと帰ってくるよ」

 

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美しいを探す旅 狐桜 @kosakura5

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