第14話 絶体絶命

 勢いよく駆ける騎馬がドラゴンに向かって突撃していく。

 普段のドラゴンであれば、そんな行いは自殺行為に違いない。

 尻尾やブレスで埃を払うかのように退けられて終わりだ。

 しかし、今回は違った。


 ガシャンという金属同士がぶつかり合うような音とともに、ドラゴンの振るった尻尾が盾とぶつかる。

 そこには尻尾の軌道を読んでいたように盾を構える騎士の姿がある。

「そう簡単に邪魔をさせてなるものか!」

 騎士は叫ぶ。

 彼の名はシルディア。シルディアは王国第二騎士団の団長を務める魔法の名手だが、今の彼の仕事は後ろに続く兵たちの盾になることだ。

 彼の手にあるのは魔盾『アイギス』、王国の宝物庫にしまわれていた逸品だ。

 魔法使いとして名高い、彼の多量の魔力を吸い鉄壁となったアイギスはドラゴンに対抗しうる武器となっている。

 

 この世界には人智を超える存在が多く存在する。

 ドラゴンもその一つだ。

 人間は生息圏こそ他の生物を圧倒するような広大な領域を占めているものの、一度ドラゴンといった超人的な存在がやってきたら吹き飛ぶ程度のものだ。それでも、荒れ地を耕し、人が住まうに適した土地になるように作り上げたのだ。

 ドラゴンが来てそれが灰燼に帰すのをただ見ているわけにも行かない。

 そこで、人間が開発したのが個では無く、集団で戦う技術だ。

 儀式魔法もその一つだ。

 しかし、それ以外にも人外へと至る道が存在する。

 それは、世の中のどこかに突如として現れては消える迷宮と言われる場所を冒険し、人を超える遺物を発見し使いこなす事だ。

 

 遺物の使い方はどれもわからない。一見すれば剣だが、実際は弓だったということもよくある話だ。しかし、どれも一品物で同じ使い方の物は無い。

 その使い方を見つけるには膨大とも言える試行錯誤が必要になる。

 王国の宝物庫にはそのようにして使い方を調べた遺物の内、王国の発展や防衛に役に立つ強力な遺物が眠っている。

 魔盾アイギスもその一つだ。

 ドラゴン襲来に当たって、王国騎士団が数多くの宝物を持ち出したが、そのうちの一つだ。



 ドラゴンからの攻撃を回避した騎馬は更にドラゴンに迫る。

 騎士達はおのおのに様々な武器を持っている。

 これらは全て迷宮の遺物であり、宝物庫にしまわれていた強力な武器達だ。

 ある者は突撃槍を構えて馬と伴に駆けていき、ある者はドラゴンと距離を取って弓を構える。

 彼らは全て王国軍の精鋭である王国騎士団の中の更に精鋭で、今回のために事前に武器の使い方を学び、訓練を重ねてきた者たちだ。

 彼らの攻撃にドラゴンも気圧される。

 同時にあちこちから、違う間合いで攻撃が繰り出される。

 彼らは人智を超えた武器を手に迫ってくるのだ。しかも、攻撃が途絶えないように、王国軍のエクスカリバーを構えた兵士達が合間を縫って突撃してくる。

 既に冒険者達による攻撃を受けていたのもあり、さすがのドラゴンもこれには対処できずに固い鱗が剥がれ、攻撃が通っていく。

 

 しかし、王国軍の損害はそれどころでは無い。

 足下には夥しい数の王国軍兵士の死体に、吹き飛ばされて動かなくなった騎士達が転がる。彼らの武器は後続の別の騎士が拾うと、その武器を手に突撃していく。

 何度も攻撃を受け止めたシルディアの壮健な姿はすでになく、戦場の隅で一人ぼろぼろになり倒れている。

 彼の魔力も無限ではない。魔力が切れた瞬間にアイギスはただの盾でしかなくなる。

 ただの盾が人外に耐えられる道理などない。結果、魔力を使い果たした彼はドラゴンの攻撃によって戦場の隅まで吹き飛ばされたのだった。


 王国軍の損害はあまりに大きいものの、次第にドラゴンの堅牢な守りにもほころびが出てくる。

 そこに、冒険者達も加わって猛攻撃が受けることになる。 

 ドラゴンは見るからにボロボロで、鱗が何カ所もはげていて、強力な武器になる尻尾は魔法で押さえつけられている。動きは確かに鈍重になっていた。

「ドラゴンは弱っている。仕留めるなら今しか無いぞ!!」

 第一騎士団団長の檄が飛ぶ。彼は王国軍全体の指揮官でもある。

 王国軍兵士達は既に限界を迎えているはずだが、愛すべき祖国を守るためにと再度力を振り絞る。

 折れてしまいそうな心を無理やりに奮い立たせて、ドラゴンに向かって進んでいく。

 彼らの歩みは確かに、ドラゴンに届いていた。


 その時、本陣の方から王国軍総司令官カーマッカ将軍の叫び声が聞こえる。

「準備は整った!!ドラゴンよ、我ら王国軍の強さを知れ!!」

 その叫び声と呼応するように、王国軍本陣の中央部に巨大な大砲が突如として現れる。

 この声を合図にしたように、王国軍兵士は一斉にドラゴンから離れる。

 

 魔槍『トライデント』

 王国宝物庫に眠っていた武器の一つで、今回王国軍が準備していた秘密兵器だ。

 長らく使い道はわかっていなかったが、この武器の持つ巨大すぎる魔力から、宝物庫に収められていたものだ。

 しかし、ドラゴンが表れる一月前にその正体が解明されたのだ。

 トライデントの正体は、見た目通りの槍ではない。

 巨大な大砲だ。

 この”槍”の持つ魔力や展開時の大砲のサイズは、天を落とすことができるほどの力が予想できた。


「トライデント発射準備よし」

「「「トライデント発射準備よしっ」」」


「トライデント照準よし、目標はドラゴン」

「「「トライデント照準よしっ」」」


 トライデンの準備が整う。

 王国の兵士たちもドラゴンから距離を取り、魔法使い達の拘束魔法だけが残されている。

 拘束魔法でドラゴンをとらえていられる時間は数分もないだろう。

 しかし、今はその数分が大切だった。


「発射!!」


「「「発射」」」


 将軍の声に呼応して、トライデンが射出される。

 大砲からは緑のレーザーのようなものが射出され、ドラゴンに向かって迫る。

 直線的な動きで瞬く間に、ドラゴンに迫ったそれを、ドラゴンはブレスで向かい打つ。

 レーザーから感じられる熱量は山を一つ吹き飛ばすような力を秘めているようだった。

 しかし、ドラゴンも負けてはいなかった。

 ドラゴンはこれまでが児戯だったかのような高威力なブレスを吐き、応戦する。

 ドラゴンのブレスとトライデントが衝突する。

 すると、一帯に強い衝撃波が飛来し、近くにいた兵士たちが次々に飛ばされていく。

 その激突の姿は神々の戦いといっても差支えのない、壮絶な様相を呈していた。

 

 しかし、それすの激突は一瞬だった。

 トライデントの光が、激突しているところから三叉に分かれたのだ。

 そして、一つはブレスとぶつかったまま、二つはドラゴンに向かって迫る。

 二本のレーザーがドラゴンをとらえようというとき、ドラゴンのブレスも砲台となったトライデントをとらえようとしていた。

 三本分でブレスと拮抗していたのに、一本では耐えられるわけがなかったのだ。

 三叉に分かれたと同時に、一気にブレスがレーザーを押し込んでいく。

 

 ブレスが早いか、レーザーが早いかという勝負は両者相打ちで決着がつく。

 ブレスがトライデントをとらえた瞬間、ドラゴンのうろこがはげた部分を狙いすましたかのように、レーザーがドラゴンを焼く。

 兵士たちの悲鳴と、ドラゴンの呻き声があたりに響き渡る。

 

 ドラゴンの表面は焼きただれ、皮の下にあった赤黒い肉が露出し、足元に血が滴る。

 トライデントの周りはブレスで深くえぐれ、周囲にいた兵士や将官たちの赤い血で染められており、トライデントは砲台の状態から元の槍の形態に戻って、その場に突き刺さっている。

 

 王国軍はあまりの惨状に動きが止まる。

 何より、トライデンの近くにいた総司令官カーマックはブレスの直撃を浴びて、落命したために、指揮命令系統にも混乱が生じている。

 ドラゴンも深手を負ったことで、しばらく動きを止めて王国軍をにらむ。

 その結果、戦線は膠着状態に陥った。

 

 その中、先に動き出したのはドラゴンだった。

 拘束魔法もすでに解けており、普通の魔獣ならば逃げるはずだが、なぜかこのドラゴンは逃げなかった。 

 そして、ドラゴンが選んだ次の一手は、ブレスだった。

 ドラゴンの周りの王国軍兵士たちはすでにいなくなり、ブレスを邪魔するものもいない。

 ドラゴンは大きく息を吸うかのようにゆっくりと、口の中に魔力をためていく。その魔力量はトライデントを迎え撃った時よりも多い。

 その魔力をゆっくりとためながら、口の中でブレスとして練り上げる。


 やっと動き出した、王国軍にはそれを止める余力はない。

「各自、散開せよ」

 本陣からの作戦指示を受ける前に、現場の判断で兵士たちが四方に広がる。

 これで、確率的に生き残る可能性は上がる。

 しかし、これは苦肉の一手でしかない。

 王国軍側にドラゴンと立ち向かう術はもうない。

 さっきまでの戦いで、手札はすべて出しつくしている。

 まだ使えるのはエクスカリバーだけだが、すでに距離が開いてしまっているため兵士たちが持っている剣はドラゴンに届かない。

 

 それに追い打ちをかけるように森から魔獣が現れる。

「おい、なんで魔獣がこんなところに。魔獣は追い払ったからしばらく森から出てこないんじゃないのか」

「冒険者は手抜きをしていたんじゃないか?」

 王国軍の兵士や騎士達から冒険者たちへ避難の声が上がる。


「俺らが仕事で手を抜くわけねぇだろ。手を抜いて割を食うのは俺らなんだぞ」

「俺らはプロなんだぞ、そんなチンケな手抜きをするわけないだろ」

 冒険者からは王国軍に反論が上がり、戦場中が混乱に包まれる。

 その間もドラゴンはブレスを放つ準備をしている。

 

「おいおい、こんなときに仲間割れしてる場合か?」

 ステインがあきれたようにため息をつくが、いかにレベル99といえどもブレスを避けながら、冒険者と兵士達の諍いを止めるなどという芸当は不可能だ。

 ステインにも回避で手一杯なのだ。


 彼らには見せしめになって貰うしか無い――

 ――そう思った瞬間、


 周囲に明るい光のベールのようなものが舞い降りる。

「なんだこれは?」

 ステインや冒険者、それに王国軍兵士達の注意はドラゴンから光のベールへと移っていた。

「マズいっ、ドラゴンは!!」

 あまりのことに混乱する戦場の中で、いち早く立ち直ったステインはブレスを吐く体勢から時が止まったように動きを止めたドラゴンの姿を見る。


「なんだこれは、ドラゴンが止まっている?」

 ステインはあまりのことにどう対処して良いかわからず、その場に立ち尽くす。


 すると、背後から馬の蹄の鳴る音が響く。

「どうしたんだ?前線には主力の王国騎士団は全て出てきていたはずだ?今更どこの騎士団が来るって言うんだ?」

 ステインが振り返るとそこにいたのは騎士団の馬に跨がった、冒険者風の4人の少年少女達であった。


「なんだよ、王国騎士団の連中もたいしたことないなぁ? これなら、最初から俺たちに全部任せておけば良かったな」

 先頭の騎馬に跨がっていた少年の荒い口調の言葉に、みんなそうだとばかり頷いたり、嘲笑うような声を上げる。

 ステイン達、伝説へと繋がる道は王国最強の名をほしいままにし、王国の冒険者のいわば顔役的存在だ。

 その人脈から王国内の冒険者や他国の有力の冒険者については一通り知っているはずだが、ステインは彼らを見たことはない。

 しかし、今の出来事を彼らがやったのであれば、相当な実力の持ち主と言うことになる。それを、ステインが知らないはずは無かった。


「君らは一体――」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

世界"最強"レベル100の冒険者~世界最高レベル100に到達した冒険者フレイルは毎日頑張って生きている~ 愚者の金 @pyrite

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ