第13話 レベル99と冒険者と王国軍

 ステイ達斥候部隊が戦陣を開いたのが見えた。

 迫り来る巨体の周りに木属性魔法で生まれた植物たちが絡みつく。

 その強靱な生命力はブルードラゴンの水を全て吸い尽くそうかという勢いだった。

 

「放て!!」

 

 それに合わせて、アリー達弓使いは木属性の魔法道具を乗せた矢をドラゴンに向かって射る。これがどれほど相手に効くのかはわからないけど、ただの矢よりかは幾分か効果はあるはずだ。

 アリー達の遠射と時を同じくして魔法使い達も木属性魔法を放つ。

 最終的な冒険者達の仕事は王国軍が保持しているという秘密兵器までにドラゴンを消耗させることだ。

 ステイ達斥候も急いでドラゴンから遠ざかっているんだろうけど、私達もそれを待っているわけにはいかない。


 一射目の命中を確認した途端に、冒険者達は第二防衛ラインまで一斉に走り出す。

 全員分の馬なんて用意できないし、乗る訓練を受けている人だって少ない。

 アリー達もステイと同じようにドラゴンの攻撃が届かないようなエリアまで走らなければならない。

 身体強化魔法が得意な魔法使い達が、攻撃と同時に冒険者全体に魔法効果を与えている。これで普通に走るより早く走れることだろうし、ステイ達のように直近からの攻撃じゃ無いので、逃げる時間は十分にあるはずだ。

 しかし、相手は空を飛ぶし、ブレスも撃ってくるのだ。

 油断をした者から先に死んでいくことだろう。

 それにはレベル20でも99でも大した差は無い。


 木属性魔法は役割通り、ブルードラゴンから水と水属性の魔力を奪って木を生長させている。その証拠に、木の塊は大きくなっている。

 いや、これは木が大きくなっているというより、膨らんでいるのだろうか?

 

 しばらくすると、ダン!!という大きな音と伴に木の塊の一部が破壊された音がする。

 近くにはブレスが撃たれた後がある。

 ドラゴンは抜け出す前に近くにいいる敵をブレスで殺そうとしているようだ。

 きっと今の一撃が命中した冒険者もいるだろう。本陣近くならともかく、この最前線で一撃貰うわけにはいかない。


 第一防衛ラインはステイ達が罠を仕掛けている箇所からブレスの射程からギリギリ外れるように設定した場所だ。だが、それは冒険者達の射程がギリギリところでもある。

 だからこそ、一撃撃ったら下がるを続けて、じわじわと攻撃をして行くことになる。

 理論上はドラゴンの攻撃圏に入らないということになっている。しかし、それはただの理論で、遅れたら今のようなブレスを喰らうことになる。

 ブルードラゴンのブレスは圧縮した水を勢いよく飛ばしてくるようなものなので、それだけならば水属性魔法であるウォーターランスと特段の差はない。

 ただ、それは安全地帯であれば、の話だ。

 

 現在、冒険者たちが布陣しているエリアは本来ならば魔獣の生息地域でもある。

 今回陣地を敷くにあたって、大量の魔獣を退治したので少なくなっているが、その場に倒れ伏して動かなくなった冒険者たちを魔獣が見逃すことはないだろう。

 動かなくなった者たちは魔獣によって殺され、時には遺体すら残されずに消えていくことになるだろう。


 だからこそ彼らは全力で走り、全力で攻撃する。

 その役割はやはりレベルの上下などなく、ただ生き物としての格の違いだけが横たわっていた。



* * *



 冒険者達はついに第五防衛ラインまでたどりついた。

 王国軍が構える本陣は第五防衛ラインの後ろにある。第五で攻撃した後は、王国軍と最前線を交代する予定になっているためか、王国軍兵士達も緊張し始めていた。

 ドラゴンはステイ達による初撃やそれを含めた攻撃で翼にダメージを与えられたおかげで、ドラゴンは歩いてこちらに向かってきているが、それでも脅威である事に変わりは無い。

 ブレスだけじゃ無い、近接戦になったら鞭のようにしなる尻尾も今日になる。乱戦は王国側が完全に不利だ。

 だからこそ、第五防衛ラインでは強力な拘束魔法が用意されている。

 サリーや王国第二騎士団の団長などの王国指折りの魔法使い達が集団儀式魔法を用意している。今ばかりはサリーも緊張した面持ちでいた。

 集団儀式魔術は元々は名前の通り儀式をやって魔法を使っていたが、現在では魔法の構築・制御を魔法具で行ない、魔力の供給及び魔法の行使を複数人で分担して行なう魔法のことだ。

 近年の魔法技術の発展の粋と行っても良い。

 集団儀式魔法は一人では行使できない魔法も、複数人で行なえば行使できるという考えのもと再構築された新技術だ。

 個人主義的な魔法体系を破壊する次世代の魔法技術として注目されている。


 なので、第五防衛ラインにたどり着いた、冒険者達はそのまま本陣まで走り去る。

 そんな彼らを横目に集団儀式魔法のコアとなる魔法具に魔法使い達が魔力を注ぎ込む。

 選りすぐりの魔法使い達がやっているおかげか、すぐに魔力は満たされ魔法の発動が始まる。

 空中に紋章が描かれる。

 これは、魔法具にあらかじめセットされていた魔法の術式だ。

 人間が魔法を行使する際は半自動的に構築される魔法術式を、汎用的に使えるように二次元の模様として構築したのだ。

 この紋章を人間が魔法の行使に用いることは出来ないが、魔導具でこの紋章を読み取り、魔法具の内部の魔法器官で魔法に変換することで設定された通りの魔法を使うことが出来る。

 しかし、魔力を注ぎ込む技術はいまだに作れていないので、人間の手で魔力を注ぎ込んで、コントロールしてあげないといけないのだ。


「起動『絡みつく木々』!!」

 魔法使い達の一人がそう叫ぶと、魔法が発動する。

 魔力が魔法に変化し、事象へと変化する。

 そのプロセスは、普段の魔法と大差ない。

 しかし、その威力は込められた魔力の量に比例するように絶大なものになった。

 ブレスと比べても見劣りしないほどの威力が込められた魔法(それ)はドラゴンに向かって枝とも木々とも見分けのつかない異形の植物となって真っすぐに進んでいく。


 それを見たドラゴンはゆっくりと、口の中に魔力を収束させていく。

 ブレスの準備である。

 ドラゴンは、この程度なら焦るまでもないとでもいうように、魔法使い達が放った魔法よりもさらに威力の高いブレスを放つ。

 王国屈指の魔法使いが何人も集まり、人の限界に挑もうかという魔法を見てもドラゴンには余裕がある。

 これこそが、最強種の最強種たる所以なのだろう。

 彼らは生まれながらにして最強なのだ、そのなかでも長い時を生きているエンシェントドラゴンであれば、なおのことだ。

 そして、その自信は実力裏打ちされた自信であり、ドラゴンの放ったブレスは異形の木々とぶつかり、砕くようにして押し潰す。

 本来の予定では木属性魔法が水属性のブレスの一部を吸うことで効果が相乗されて、良くて相殺。悪くても威力を弱めるはずだった。


「な、木属性魔法なら、水属性に有効という話じゃなかったのか?!」


 しかし、現実はただの一撃のもとに吹き飛ばされる。圧倒的な魔力の質と量。その両方において人間はドラゴンに勝てていない、むしろ追いつくことすら困難なほどの差が依然としてあるということを示していた。


 魔法が一撃でブレスで打ち消されて、魔法使い達は皆ショックを受けていたが、特に、第二騎士団の団長はあまりのことに腰を抜かす。

 彼の中で描いていたシナリオでは、もう少し善戦するつもりだったのだろう。

 それでも、飛来するブレスに対処しなければならないことを、彼はしっかりとわかってはいた。

 背中に背負った大きな盾を構える。

 大盾には王国の建国神話に登場する、巨人が描かれている。

 この巨人は建国の時代に3つの首を持ったドラゴンの三属性のブレスを防ぎ、王都の元となった都市を守ったと言われている。

 この巨人が描かれた盾は、王国の宝物庫に収められた魔法具の一つだ。


「展開 魔盾『アイギス』王都を守護せよ‼」


 騎士団長の体から魔力が抜け、盾に注がれていく。

 盾は騎士団長の魔力に呼応して大きく展開していく。

 それは、巨人アイギスが王都を守ったとされる神話と同じように、強固に広がっていく。

 その力はまさに人外と呼ぶにふさわしく、ブレスを防ぎきって見せる。


「いかにドラゴンといえども、このアイギスに守れぬものはない!このアイギスは王国の力そのものだ!!」

 

 騎士団長の言葉に呼応するように百を超える足音と、馬の蹄のならす少し高い音が聞こえてくる。

 本陣から進出を始めた王国軍は、ここを攻め時と判断して王国軍および騎士団をドラゴンに向かって突撃させる。

 それを見た冒険者の一部は、勲功を得ようと、その列に並んでいくが、兵士や騎士達の手には冒険者の元にはなかった、光り輝く剣が握られている。

 彼ら王国兵および王国騎士達は皆王国に雇われている専業の戦士だ。

 故に、彼らには王国の切り札の扱い方も教えられている。

 それは――


「あれは儀式魔法エクスカリバーね~」

 サリーは一瞥して、その正体を見抜く。

「私、王城へはよく行くし、剣の指南とかもしてるけど聞いたことないわ」

 ステインはサリーに問いかける。


「あれが本物の儀式魔法なの~ 王都防衛のために都市そのものを魔法の術式として構成してる術式に、王都の下を流れる魔力の流れを使って魔法を使ってるみたい~」

 サリーはこともなげに言う。


「都市全部を術式に、そんなのどうやって?」

 ステインの中では魔法具の知識に理解は追いついてるものの、儀式魔法自身に対する理解が及んでないようだった。

「儀式魔法というのは、本来汎用性のないものなの。でも、この魔法なんかは王都の周囲で兵士を強化するという目的だけにおいては絶大な効力を発揮してる。これが、儀式魔法の特徴」

あまりステインの理解が進んでないようなので、サリーは少しまじめな表情をすると、ステインに儀式魔法とは?という説明から始めた。

「もう一つ、儀式魔法には特徴があるの。即時発動しないの。発動させるためには発動する直前の状態で保持してなくちゃいけない。この時に魔力の流れや儀式魔法の維持のために毎年宮中などで儀式が行われるのが名前の由来みたい。わかった~」


 全て説明し終わると、さっきまでの説明は何だったのか?と言わんばかりのだらけ切った顔と口調に戻る。

 いまいち理解できていない表情をしているステインを見て、これ以上説明すると寧ろ質問攻めにあって疲れそうだな、と思ったサリーはステインの意識を強制的にドラゴンのほうへ向ける。


「そんなことより、ステイン。ドラゴンも、そろそろ本気を出すみたいよ」

 サリーはドラゴンと戦う兵士たちを指さすと、その先ではドラゴンのブレスがアイギスの堅い防御を押し込むようにして、味方の兵士たちを吹き飛ばす様子があった。

 

 いかに堅い盾を得て魔法によって強化された強い兵士でも、ドラゴンが本気を出すと押されるようで、勝負は一方に傾きかけている。

 このまま、放置したら、王国軍は壊滅し、そのまま王国全土はドラゴンによって焼き尽くされることになるだろう。


「サリー、私たちも行くよ。人間最強代表として、私たちも戦わないと。ネイトやアリー、それにステイまで戦ってるんだから、私たちも戦わないと」


 ステインに急かされるように、サリーもドラゴンの方に向かう。

 しばらくすると、足の速いステインはそのまま走っていき、サリーも後を追って戦場へと向かっていった。

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