第12話 レベル99の斥候の苦悩

 門をくぐる瞬間、神様のうれしそうな笑みが見えた気がした。


 ところで――

「ここはどこだ?」


 どうやら、また山の中のどこかに出たようだ。神様視点ではあの穴の外ならどこに出ても同じなのかもしれないけど、人間には問題大ありだ。


「ん?あれは?」


 僕が門をくぐって出てきたあたりには朽ちかけた古い祠があった。

 この祠がきっと神様をまつるための祠なのだろう。あちこち蔓が絡まってるし、壁面に書かれた文字は読めないし、相当古い物かもしれない。

 僕はさっき神様に貢ぎ物をしたばかりだけど、一応祠の前に手を合わせてお参りをする。


「あ、そうだ。そんなことより、ドラゴンはどうなったんだろう?それに、クラウン団長の誤解も解かないと...」


* * *


 話はしばらく前に戻る。


「ドラゴンの相手をするって、今回はフレイルが完全に後方に下がってるんでしょ?大丈夫なの?」

 フレイルを除く伝説へと繋がる道のメンバーは冒険者が集う陣地の中央部に集まっていた。

 彼らはドラゴン戦では主力として戦うことになっているので、作戦会議として集まっているが、実際に出てくるのは不安の声だった。

 フレイルは一切覚えていないようだが、ドラゴンのような難敵と戦うときは最終的にはフレイルが全力を出して倒すのだ。

 フレイルは普段から全力の出し方を知らないかのようなフリをしていて、パーティーが全滅の間際まで全力を出さないのだが、彼が全力を出したときに止められる者などいない。

 レベル100と99にはそれだけの広い溝があるのだ、それこそ雲と泥ほどの。

 だからこそ、今回はその彼がいないことに、パーティー全体に不安の顔が広がる。

 彼らも白金級冒険者として名を馳せ、その名にふさわしい英雄足りうる実力を持っている。しかし、人にできることには限りがある。

 そのような境界をあっさりと乗り越えるドラゴンのような難敵相手にレベル99だろうとできることは子供とそうは変わらない。

 必死に剣を振るったところで、魔法を唱えたところで、そう効果があるわけではない。5人のパーティーと冒険者ギルドの精鋭達の力を合わせて綿密な作戦を立てて、やっと勝負の土俵に乗れる。

 相手のドラゴンはここまで強敵とは戦っては来ていないだろうから、警戒はしていないだろう。油断している相手ならば、なんとか攻撃が届くことができるだろうというのが大まかな作戦だが、どうなることやら。


「今回私は何をしたら良いでしょうか?」


 パーティー『伝説へと繋がる道』の面々が話し合っているのにもかかわらず、憶すること無く彼らに話しかけるのは精霊魔法使いのアルゲンだ。

 この街で一番若い銀級冒険者だが、フレイルの推薦を得るほどの期待の新人であり、冒険者ギルド内での評価も高い。

 今回のクエストに置いてもドラゴンの鱗を貫くだけの攻撃をできるのでは無いかと期待されている。


「アルゲン君か。君は、魔法使いだったね。一応、後方に下がって魔法を使う準備をしていてくれ。複数回魔法を使えるようにとか思わない方が良い、一撃目に全力を乗せるんだ。そうでもしないと、攻撃は通りはしない」

 アルゲンの不躾な質問はステイが対応する。今回、彼はフレイルがいなくなった代わりにパーティー全体の指揮を執っている。

 普段はサブリーダー的な立場のステイがいるのだが、彼女は冒険者全体の指揮を執るためにあちこちを飛び回っている。

 そんな状態なので、作戦会議と言っても6人中4人しか参加していない。

 ステイは索敵や罠解除のプロだが、今回のドラゴン相手ではあまり得意分野を生かせない。

 そのため、いわば雑用係をこなしている。新人冒険者やパーティーの指揮もその一つだ。アリーやネイトは攻撃役として役割があるし、サリーにいたっては攻撃役兼備品の魔法薬の準備までこなさなければならない。

 おそらく、戦闘終結後の利益分配の折衝をするのも彼の役割だろうと思うと、少し気が重く思っている。


「とりあえず、それぞれの役割を最大限こなそう。その後は臨機応変に、何よりも生き残ることを優先に、以上。解散」


 作戦会議とはなんだったのかと言わんばかりの、根性論な作戦だが、パーティーメンバーも致し方ないとでも言いたげな顔をして、頷きそれぞれの持ち場へと戻っていく。


「フレイルがいれば、全ての計画が破綻してもどうにかなるんだがなぁ」

 他の三人が持ち場に戻って一人になったのを確認したステイは一人、そうつぶやいた。

 これは、パーティーメンバーの総意を表わしている言葉とも言えた。



 その後、遠くの方から次第に上がっていった狼煙は、ドラゴンの居場所を伝えてくれた。狼煙が上がりはじめると陣地全体に重苦しい緊張感が漂い始めた。

 誰もが、ドラゴンと戦うとわかって集まったが、それでもいざ人の世界を軽く飛び越えるような力を持った生き物と戦うと思うと緊張を感じざるを得ない。

 彼らが相対そうとしているのは、災害と同義の生物なのだ。

 およそこの世界の頂点に君臨し、神のごとき威光を放っている生物だ。


 時間をおくと次第に上がっている狼煙が近くなってくる。

 ドラゴンの青い巨体が見えてくる。

 ドラゴンの中でも青い体を持つのがブルードラゴンと言われる。

 色は体に帯びている魔力の属性と関係があるという話だが、研究されるほど詳しく調べられたドラゴンは少なく、不確定な情報だ。

 だが、ブルーと言われれば水属性が思い浮かぶ。水属性を帯びた魔獣と戦う際に定石となるのは、木属性だ。

 木属性は特殊な属性で、効果も渋く本来なら使い道が無いような属性なのだが、種子に木属性の魔法をかけると、周囲の水をとことんまで吸い上げて成長するのだ。

 そこで、水属性の魔獣の周囲で種子に木属性の魔法をかけることで、魔獣の水属性の魔力も吸い上げてしまうのだという。

 この性質は10年ほど前に見つかり、最近では水属性を特化で対策したいときに使う事ができて、製品化もされている。

 今回水属性対策のために製品化された木属性の発動に使う魔法具や種子を王都中から大量にかき集めたのだ。多くの冒険者の仕事はこれをドラゴンに対して発動させることといっても良い。


「全員構えろ。一斉にドラゴンに向かって撃つぞ」

 ステイは最前線でドラゴンを待ち構えていた。

 ステイの他にも多くのパーティーで手持ち無沙汰になってしまった、斥候を集めたのだ。

 ドラゴンの通り道に地雷式の種子を埋め、水属性の魔力が真上を通ったら木属性魔法が発動するように設置し、さらに、その近くで種子の射出装置を構えて、地雷が発動して動きが鈍るであろうドラゴンに追撃を加えるのだ。

 まだ、弱ってすらいないドラゴンに対して最近接して戦う危険な役回りだが、本格的な戦闘になったら役に立たないので、ここで少しは活躍したいという思惑もあるようだ。

 ステイはレベル99だ、この場においては最も上位の冒険者である。彼の合図を他の斥候達が見守る。彼らの打ち出す、種子は戦闘の口火を切ることになるのだ、下手に外せば後が苦しくなる。効率よく当てなければならない。

 なによりも、ドラゴンの動きが弱まるほどに、斥候が逃げ出すための時間が稼げるという物だ。


 ドラゴンはゆっくりと上空を舞うように飛んでくる。

 あまりに上空を飛ばれるとやっかいだが、ドラゴンの方はそのままこちらを蹴散らしてやるとばかりに余裕綽々に地上を這うかのような高さで飛んでくる。

 たしかに、あれだけの巨体にぶつかられれば陣地は一瞬で、言葉通り蹴散らされてしまうだろうが、今回は都合が良かった。


「今だ、撃て!!」

 ドラゴンが罠の真上を通る直前、ステイは射出の合図を出す。

 彼の指揮に従って打ち出された種子は罠を仕掛けた位置に向けて一直線に飛んでくる。

 ドラゴンは気付いたようだが、その程度意に介さないとばかりにまっすぐ陣地へと飛んでいく。

 

「よし、ずらかるぞ」

 ステインがその合図をしたと供にドラゴンの真下で木属性魔法が発動し、ドラゴンの周りに種が寄生する。

 更に、ステイン達が打ち出した種も発芽し、ドラゴンの周りにまとわりつく。

 ドラゴンは木属性によって奪われる魔力と木の生長によって体の自由を奪われ、地上へと落下する。

 ステイ達はそれを見届けること無く。射出装置も放り出して走り出す。

 彼らにはこの後の行く末がわかっているのだ。

 

 さらに、ドラゴンの周りに弓で遠射された種も到着し、ドラゴンを包み込むかのような木の団塊ができあがる。

 この中心には大量の魔力を持ったドラゴンがいるのだが、その威容は完全に覆い隠された。作戦第一弾の成功湧く陣地をみて一人の若手の銀級冒険者が逃げ足を緩める。


「ステイさん、もしかして、これだけでカタがついたんじゃないですか?」


 その冒険者は既に勝利したかのような少し浮かれた調子でついには最後尾に行き着いた。それを見て、何人かの若手の銀級冒険者も速度を緩める。

 彼らの目には、このまま勝利する情景が目に浮かんでいるのだろう。

 しかし、ステイや他のベテラン冒険者はそれが違うことがわかっていた。

 

「気を緩めるな。相手はエンシェントドラゴンだ、そんな簡単にくたばるわけがないだろう」

 ステイはその冒険者達を注意するが、既に勝利を確信してしまった彼らには届かない。彼らには既に今の過程は凱旋なのだろう。

 今回は役に立たないと思われていた自分らが討伐に重要な役割を果たしたという、大手柄を挙げての英雄凱旋だとでも思っているのだろう。

「何を言ってるんですか?この攻撃でここまでやられるって事は、エンシェントドラゴンではなく普通のドラゴンだったてことでしょう?しかも、ブルードラゴンにも木属性は効果的であることを実地で証明しちゃったことになるんじゃないですかね?これは、もしかして追加の報奨金とかも貰えちゃうんじゃないですかね――」


 彼らの中に浮かんでいるピンク色思考を振り払うかのような強烈な衝撃に襲われる。

 彼らの走っていた、中心あたりは何かに貫かれたような衝撃痕と水で濡れていた。

 そして、最後尾を走っていたはずの人間の体が、彼らの走る少し奥に転がっている。

 これが、彼らの油断が招いた夢の末路だった。

 他のベテラン冒険者達も、こうなることはわかっていたが、こうなるとわかっていても説得する余裕が無かった。それは、ステイですらもそうだった。

 彼を見せしめにしてでも、他の冒険者の油断を取り除くの最優先だった。


「来たぞ。ここからが正念場だ。ドラゴンがこんなに倒れてくれるわけがないんだ」

 戦闘を走るステイの足に更に魔力が乗る。

 他の冒険者達もおのおのに身体強化を施した体で全速力での追いかけっこが始まった。

 ドラゴンが本気を出せば、簡単に追いつかれてしまうのは必定だ。だからこそ――


「予定通り、散開しろ!この先は各人で陣地を目指してひた走れ。止まったら死ぬと思え、全速力で陣地まで走りきるんだ」

 

 ステイが指示を出したと同時に、ドラゴンからの二撃目のブレスが飛んでくる。今回の標的は運良く避けれたようだった。

 ドラゴンがこれでもまだ本気を出していないせいかもしれないが、まだなんとか避けられる程度のブレスだった。もしかしたら、さっき吹き飛ばされた冒険者も生きているかもしれない。


「(他の魔獣に襲われなければだが)」


 先ほどの冒険者の犠牲は必要な物だったのだと、思っている。

 たしかに、本人には悪いとは思うが、戦場で油断は命取りなのだ、これは知らないのが悪いと言わざるを得なかった。

 


 結局、本陣にたどり着いたときには、斥候の数は半分になっていた。

 ステイはこれほどまでの犠牲を強いてもやる必要のある攻撃だったのかと思ったものの、罪悪感を忘れるために与えられた作業に没頭し始めた。


 ステイの口からは恨みのような言葉が漏れる

「フレイル、お前こんな時にどこに行ってるんだ。お前がリーダーだろ...」

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