第11話 レベル100、神様と会う

「え、骨?」


 棒が転がっていった方向を見るとお墓見たいな建造物があって、その周辺だけ光り輝いている。


「これは...白骨化した遺体か?何でこんなところに本格的な墓が立っているんだ?」


 というか、よく確認したら僕が掴んでいたのも骨だった。

 僕はずっと握りしめてきたのを悪いなと思いつつ棺の中に持ってきた骨をしまう。


「ずっと、気だと思ってたので燃やしたり擦ったりしようとしてました。まだ何もやってないので祟ったりはしないでください」


 僕はどうせ聞いてないだろうとは思いつつ、言い訳を並べながら骨を置く。

 骨を置いても何も起こらなかったが、周囲が明るくなっているので周りを見回す。

 入ってきた場所からは遠いのか、入り口の様子まではわからないが周囲の大体の様子は見渡せるようになっていた。

 足下は土になっているが、周囲はピカピカ光る石材に覆われている。ここにいる骨の主は僕のように洞窟から転がり落ちて脱出できずにそのまま死んだ人というわけではなく、何らかの理由でここに墓を作ったのかもしれない。


「僕ならもうすこしマシな場所に作って欲しいと遺言を残すと思うけど、この人は相当な変人だったんだろうな」


「そうでもないぞ」


「え?そう? こんなところをわざわざ選ぶなんて相当な――え?」


 あれ?ここには僕一人で来たはずなんだけど、僕は今誰としゃべってるんだ?

 もしや、寂しすぎて幻聴が聞こえるようになっちゃった?


「妾はここじゃ、人間よ」


「あー、あー、あー。私は健常です。何も聞こえません。あー、あー、あー」


「ふむ、ここまで強情な奴とは。とはいえこのように意識が覚醒したのも久しぶりじゃ、一時の邂逅を楽しみたいところじゃが、どうしたものか...」


「やっぱり何か聞こえる! もしかしてこれは夢?やっぱりそうだ。頰をつねっても全く痛くない」


「ふむ、痛みを感じれば現実と認識するのか?ならばこれはどうじゃ」


 混乱状態になっている僕の頭に突然ドゴンという衝撃がかかる。


「痛っ。これって現実?」


「ふむ、やっと気付いたか。妾は貴様が先ほど骨を備えた棺の主じゃ。とりあえず、こちらを向け」


 え、棺?なんだっけ?たしか、夢や祟りが――


「貴様は夢も見ておらぬし、妾は祟ってなどおらぬ」


 よく、棺の方を見てみると幽霊みたいなのが浮いている。

 形は不安定で顔以外はほとんどでたらめだ。

 何かを元に構成されているのかすらわからない。数秒ごとに別のものに見える。

 これは、錯覚の際に人間が数秒ごとに認知しているものが変わるのと同じだと思う。


「ふむ、よし。とりあえずこちらを見たな。では、久方ぶりの生者との邂逅じゃ、しばらくの時で世界がどう変化したか、教えてもらおうではないか」


* * *


 突然現れた幽霊さんとの会話を総合すると、こんな感じだ。


 幽霊さんはこの墓に奉られれていたのだという。そのおかげで、一種の神性を持つに至り、自我を持つようになった。

 しかし、神性を持つほどに進化した頃にはここに来る人の数も減ってしまっていたので、多くの時は寝て過ごしていたけど、僕が来たので目を覚ました。


「あと、貴様が先ほど妾の棺に入れたこの骨は妾のものではないの」


「じゃあ、あれは誰の――まさか?」


「まぁ、この空間に閉じ込められて死んだのであろうな。ここへと至る道も今では竜人翼人のために作られた穴しか無いからの」


「ということは、僕の未来も...」


 悲観的な未来に挫けそうになる。


「まぁ、妾に貢ぎ物をよこしたら、妾の力で帰してやらんこともないな?」


 悲観的な未来を回避する道はまだ残されていたようだ。


「わかった。じゃあ、何を貢げば良いんだ?自慢じゃ無いけど、あまり何も無いけど、帰してくれた後なら何でも貢げると思うんだ」


「ふむ、この世の人間は神への貢ぎ方を忘れたのかの?」


 神への貢ぎ物って、食べ物とかお酒を祭壇に置いたりじゃ無いのかな?

 でも、今はそういうのは別の場所に置いてきてるし...

 もしかして、人の血?

 もしかして、僕の命を差し出せって事?

 それじゃあ、結局


「ふむ、悩み出したと思ったら、突然土下座をしているのはなぜじゃ?」


「命だけはご勘弁を...せめて右腕だけとかにしてください」


「貴様は妾を邪神か何かだとでも思っておるのか?そんなものはいらん、妾が必要なのは魔力よ。貴様の魔力を妾に献上せよ。さすれば、妾も貴様の願いを聞き届けよう」


 魔力か、それなら...って大体魔力ってどうやって献上するんだ?

 魔力...魔力...


 僕は幽霊の前で手を構えムーとかンーとかうなりながら魔力が移動するように念じる。


「ふむ。やはり、人の世には本当の祈りの捧げ方が伝わっておらぬと見えるな。ならば良い、貴様の血をよこせ」


「やっぱり、血が必要なの!! 手首で良いですか?」


「いらんいらん。そんなに肉を落とす必要は無い。血を一滴よこせば良い。さすれば、妾が欲しい分だけの魔力を貴様から吸い取ってやろう。このような方法は初めてじゃが、やり方を知らぬのなら仕方あるまい」


「一滴で良いなら...でも、もう一滴以上は上げませんからね?」


 僕は腰に帯びていた剣(そういえば、こいつドラゴンスレイヤーだけど、ドラゴンきりに行かなくて良いのかな?)を少しだけ抜いて、親指の先を少し切る。


「この血をどこに垂らせば良いですか?」


「血は祭壇に捧げるものじゃ。祭壇とは妾の遺骸の周囲のこと、つまりこの周囲ならどこでもよいのだ」


「なるほど」

 僕は、言われるままに足下に血を一滴垂らす。


「ふむ。貴様の血は受け取った――――っ!」


 血を受け取ったと言ったっきり、幽霊さんが固まった。

 折角、血を差し上げたのに、ここで固まられても困る。


「貴様は、そうか。まぁ、よい。妾は十分もらった。...些事か貰いすぎたやもしれんが」


 最後一言ぼそっと何か言ったような気がしたけど。十分な魔力を貰ってくれたようだ。


「それじゃあ、僕を帰してくれるの?」


「そうじゃな。その前にこの周囲が少々騒がしい気がするが気のせいか?」


「あぁ、今このあたりにドラゴンが来てて、それを倒すためにみんなで力を合わせて戦ってるんだよ」


「力を合わせて?と言う割には人同士が戦っているところもあるようじゃが?」


「それに魔獣どもの動きもおかしいの。何、少し多く貰いすぎた分を返してやろう」


 いつの間にか大分はっきりとした実体を持っていた幽霊さんが手をサッと振るうと、神の奇跡とも思えるような力が周囲に染み渡っていくのを感じる。

 魔力を感じることができない僕でも、神の奇跡というのはわかるようだ。


「ふむ。これで周囲の騒々しさも落ち着いたことだろう。あとは貴様を帰すだけじゃな。そのためには一つ道を用意してやろうでは無いか」


 そう言って、もう一度手を振るうとさっきまで何も無かったところに扉ができる。


「この門を通っていけば外に出られるじゃろう。これで契約完了じゃ」


「ありがとう。もしかして、幽霊さんは神様なの?」


 神様(?)の顔が少しずつ、赤らんでいくように見える。


「貴様は妾が最初に言ったことを聞いておらんかったのか?それとも、聞いていた上で喧嘩を売っているのか?」


「いや――あ!そうか、君は神様になったんだったね。ごめん、幽霊さんなんて呼んじゃって」


 神様はもう一度手を振るう。そうすると、僕の中に何かが流れ込んでくるような感触がある。


「貴様には今、呪いをかけた。その呪いはしばらくすると貴様の体をむしばむじゃろう。だが、この祭壇に来て妾と話をすればその呪いの発動を遅らせてやろう」


「魔力も捧げたのに、そんな勝手なこと」


「神とは勝手な物じゃ。貴様もここでぼやぼやしておらずに、さっさと行ったらどうじゃ。外には貴様の仲間がおるのじゃろう?妾にはもういない友もおるのじゃろ?」


 僕は、そういえばそうだったなと思い出す。

 別に僕がいて何か変わるわけでは無いと思うけど、とりあえず戻らなきゃいけないだろう。クラウン団長にちゃんと言い訳しないといけないし、第十騎士団を本陣に連れて行かないといけないし、帰ったら他にもいろんな事をやらなきゃいけないと思う。


 あれ?これって帰らなくても良いんじゃ?


「貴様は、まだ迷うか?ならば、嫌でも帰らせてやろう。ここに来たければ、一度外で自分の友と語らったああとにまたここに来れば良い」


 神様はそう言うと、もう一度手を振るう。そうすると、体が勝手に動き出して、扉の方へと向かっていく。

 結局、僕は問題の渦中に放り込まれる運命なのかもしれない。それが僕の人生ならば、それを受け入れて生きていくしか無いのかもしれない。

 それでも、一つだけ、言わなきゃいけないことがある。


 さっきの『もういない友もおるのじゃろ?』と言ったときの神様の表情が一瞬悲しんでいるような寂しがっているような表情になっていたのだ。

 こんなこと言っても、余計なお世話かもしれないけど、僕はこれを言わなきゃいけないんだと思う。


 僕は扉に吸い込まれる直前


「神様~!! 僕、冒険者フレイルは神様の友達ですよ!!」


 そう叫んだ。


* * *


「行ったか」


 妾は先ほどの男――いや、フレイルと言っていたな。フレイルが出て行った扉をじっと眺める。


「フレイルかあのような存在としての格の違いを気にせずに接してくる者は初めてじゃな」


 これまで、妾の元に訪れる者たちは誰もが、少なくとも妾と妾の聖域の火の山に対して、畏怖と尊敬を持ってここへやってきていた。

 それが、あいつときたら――


「友達か。そんな者を持つのは死んで以来初めてじゃな。しかし、神に人間の友達など...まぁ、それも一興と言うことじゃな。それに、奴には妾の加護がある。フレイルには呪いと言ったし、もう一度来ることになるじゃろう。そのときに、友という発言の真意をとうてやればよいじゃろう」


 そのとき、妾の口が笑みを浮かべていることには気付いていた。

 それでも、妾は神。この感情に気付いてはならない。

 

「そういえば、奴の魔力は相当濃厚じゃったな。本来なら血を貰ってそこから魔力の経路を作って吸い取るところじゃったが、血一滴でこれまで貰ったことの無い量の魔力が入っておったわ。あれを制御するだけでしばらくかかってしまったのは、次には気をつけんとな」

 

 フレイルの血に入っていた魔力は妾でも扱いきれるギリギリの量じゃった。

 それを妾がなんとか取り込むと言うことは、妾の力が増大するということじゃ。

 さっきから、捧げられた魔力の一部が妾の霊体を強化し、生前の姿を模した姿を描き始めている。

 両目が赤く。背中に漆黒の羽が現れ、尻尾は黒く細長く、先端部にハートの形の出っ張りができている。

 それ以外は人間と同じで、古来は人間の社会の夜に潜み、人の精を吸うことでカテとしてきた種族。

 この世界の伝承に伝わるサキュバスの特長を有していた。


「ふむ、ここまで体が戻っても余力があるとは。フレイル、奴が次に来たらもっと魔力を吸い出せるように準備でもしておくかの」

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