第10話 レベル100、第十騎士団団長クラウンと戦う
温泉パイプを辿って本陣に向かっていた僕らは――
「ここはどこだ...」
迷っていた。
道が見つかるまで第十騎士団のみんなと休憩をしているここは山の中腹の少し開けた場所で、平時であればピクニックでもしに来たいような長閑な景色が広がっていて、心身ともにリラックスできそうだ。
ただし、戦時にはデカ過ぎるタイムロスに胃が悲鳴を上げていた。
しかも、ここまで来た道をもう一度戻るというのは、難しい。他でもない僕が倒れてしまうかもしれない。
慣れないことをしたせいか、余計に疲れも感じる。何よりも――
「フレイル殿、先ほどのパイプを辿れば王都方向へと出れるのではなかったのですか?我々がいる場所は明らかに本陣と離れた山の中です。これでは、我々の仕事が果たせません」
僕は今、ナギサさんに詰問されている。
何せ、彼女らは僕が本陣へと向かっていると思っていたのだ(僕もそう思っていたのだけど)、これでは謀られたと思ってもおかしくない。
これでは、ドラゴン討伐後に僕が作戦を妨害した犯人側と疑われて、最悪処刑されてしまう。それだけは避けなければ。
「いや、本陣に向かう前に一度寄らなければならない場所があったんだ。それに、今は少しタイミングが悪い」
とりあえず、煙に巻くために適当な事をレベル100の威厳を持たせて、言ってみる。僕からすれば明らかに適当な事を言っているのだけど、これが作戦通りだと思わせる必要がある。
「...わかりました。少なくとも今は団長が信じたあなたを信じましょう」
明らかに不審げな目で見てくるナギサさんに、内心冷や汗をかきながら周囲を見渡す。
山の中腹に出てきたので、周囲がよく見渡せる。本陣とドラゴン、さらにその周囲に群がる点――あれは冒険者と王国軍か。
ドラゴンの周りからはいろんな種類の魔法が飛んで、ドラゴンに命中しているように見えるけど、ドラゴンの様子が変わっているようには見えない。
逆に人間側はドラゴンのブレスを受ける度に何人も吹き飛ばされているように見える。これは、普通の人間が相手をして良い類のものじゃないかもしれない。
まぁ、あっちは僕のパーティーメンバーは普通の人間じゃないし、彼らがどうにかしてくれるだろう。僕の仕事は第十騎士団を連れて本陣に行った後に、又安全なところに逃げることだな。
「そういえば、山の中に騎士団のメンバーを救助しに戻ったクラウン団長はどうしてるんだろう?」
とはいえ、今クラウン団長にこの状況を見られたら、僕の指揮を誤ってここまで迷い込んでしまったことがバレてしまうので、正直会いたくはないが、どうしてるのだろうと気になる。
「私がどうしたと... フレイル殿!!なぜここに?!」
余計なことを考えていた罰が当たったのか、クラウン団長が茂みから出てくる。
「いえ、本陣に向かった方が良いかと思ったのですが、その前に一度ここに寄った方が良いかと思いまして」
もう一度煙に剥くために意味深なことを言いつつ、後ずさる。
最悪、戦犯になってしまってもなんとか逃げて、ステインに匿ってもらいつつ他国に逃げれば良い。そのためには騎士団に捕まるわけにはいかない。
騎士団長と正面から戦って勝てる自信もないし、逃げ切れるような気もしないが宝くじは買わないと当たらないのだ。
「まさか、私達の存在に気付いていたというのですか!!」
クラウン騎士団長はそう、訳のわからないことを言うといつの間にか腰に帯びていた剣を抜く。
「通りで変だと思っていたのだ。世界最強と名高いレベル100が前線に赴かずに、こんな後方まで来るなんて」
世界最強なんて嘘を信じられて警戒されても困る。
それに、団長にはラウルさんの時に、僕が対比してきたことを伝えたはずなのに、なんでそんな勘違いしてるんだろう?
「そんな剣なんか構えないでくださいよ、きっと話せばわかる。簡単な認識のすれ違いなはずなんだよ」
「何を悠長なことを、あなたがすでにこの場所まで来てると言うことは、すでに制御装置の場所もわかっているのでしょう?ならば、あなたをこの先に通すわけにはいきません!」
そう言うや、クラウン団長の手元の剣が動いたかと思うと、鎧の前の部分がスパッと切れている。
騎士団長クラスは鎧も切り裂くのか...恐ろしいものだ。
ここは、なんとか土下座で勘弁を――
そう思って僕が土下座をしようと思ってかがんだタイミングでクラウン団長の斬撃が頭の上をかすって、数本の髪の毛が飛ぶ。
クラウン団長の本気度に背中に冷や汗が伝う。
(今のって偶然頭下げてなきゃ首から切れてたんじゃ...)
「やりますね。さすが、レベル100ということでしょうか? では、私も本気を出さないといけないようですね」
そう言うと、クラウン団長は胸元から、何やら不思議な赤い石を取り出す。
この石は血のように濃い赤と透き通るような透明感を持った美しい石で、一瞬気を抜きそうになる。
それは、クラウン団長も同じなようで、石を見つめてうっとりしだす。
端から見ると明らかにヤバイ奴になってしまった。
最初の受付嬢から騎士団長のギャップもすごかったが、騎士団長から今の状態へのギャップも大きくて驚いてしまう。
多分、騎士団長すらも本来の彼女ではなくて、常日頃から演じているのだろう。
それがあの石を見てやっと素の自分を見せてるのだろう。
「これはですね、賢者の石という使い捨ての魔導具なんです。魔族の血は人間が飲むと一時的な身体能力などの上昇があるのですが、その魔族の血を更に凝縮させたのがこの賢者の石です。これを飲めば、人を超越した存在になれているとされています。ただ、なんの準備もせずに飲み込むと、上昇した力を御せなくて最悪死んでしまうというものなんです」
そう言うと、クラウン団長はおもむろにその石を口に入れゴクリと飲み込んでしまった。
「え、それ、飲み込んじゃダメなんじゃ...」
「えぇ、本来は舐める程度でも魔族の血を飲んだのと同程度の力を得られるのですが、相手がレベル100ともなれば最初から本気を出さなければいけないでしょう」
そんな、期待のされ方をされても困る。
元々クラウン団長一人から逃げ切るのだって大変なのに、ここにきてクラウン団長がパワーアップするなんて聞いてないよ。
「これが、賢者の石の力。体の奥底から力が湧き上がってくるのを感じますよ!これを御し切れれば人を超越した存在へとなれるというのですね!!」
クラウン団長はちょっと妙齢の女性が外でしてはいけないような恍惚とした表情をしてしまっている。
体からあふれる力を抑えるのに集中しているのか、身もだえるような仕草をして、口の端からよだれが垂れ流しになって胸元に伝っているのはいよいよエッチなマンガに出てきそうだけど、今の状態はパワーアップしてるシーンなんだった。
「もしかして、今逃げれば逃げ切れる?」
僕は、ふと身もだえるクラウン団長を見ていて気付いてしまった。
よくある展開だと、パワーアップ中は逃げたり攻撃しちゃいけないはずだけど、別にそれを僕が考慮する必要は無いんだった。
「クラウン団長。僕は先に逃げてるね~」
僕は一応言ったよ、と言わんばかりに小声でクラウン団長に声をかけると、団長がやってきた茂みに入っていく。
「あの感じだと、しばらくは時間が稼げるはずだから、そのうちに見つからないような場所に逃げてしまおう。うん、それが良い」
茂みの先はクラウン団長の通ってきた獣道になっているけど、このまま行ったんじゃすぐに追いつかれちゃう。だからこそ、なんとか行き先をごまかさないといけない。
「ここを曲がってみるか」
僕は適当なところで、獣道を外れてただの藪の中を進む。一応、逆側にも途中まで獣道を付けてきたので、ミスリーディングになってくれると助かるのだけど...
その後も適当に森の中を進む。
もはや、遭難しているのか逃げているのかわからないくらい、森の奥に入ってきた。
「そういえば、ここまで賊に会ってないな?団長が全員倒してくれたって事なのかな?まぁ、とりあえず先を急ごう」
僕は森を進む中。一つの大きな洞穴を見つけた。
洞穴の入り口にはツタや木の根が張っていて、簡単には入れそうにもないけど逆に逃げ場所としても良いのかもしれない。
僕はそう思って、洞穴に近づく。
そして、根に手をつこうとした瞬間――
「え、ちょっ、なんで?!」
僕が手を置いたはずの根は実体がなくて、そこに手を置いて重心を支えるつもりだった僕はそのまま洞穴の暗闇の方へと転がり落ちていった。
* * *
「ここは...」
周りを見渡すと暗闇が広がるばかりで、何も見えない。
「光は...」
僕は、明かりになるようなものを持ってきていないか、あちこちについてるポケットの中を探るものの入ってはいないようだ。
途中何でも跳ねていたので、転がってきた坂は平坦なものじゃないようだ。鎧を着ていなければ今頃死んでいたかもしれない。
「とりあえず、坂の様子が見えるように松明みたいなものが必要だな。それで、周囲がどんなでどうすれば戻れるかを確かめないといけない」
僕は寂しくて独り言をこぼしながら周囲をまさぐる。
とはいえ、床は天然の溶岩のようで所々が凸凹しているし、鋭いものでは手を切ってしまいそうだ。
「何か、木みたいなものが...」
僕が周囲を探り始めてからどれだけの時間が過ぎたのかはわからないけど、何か棒状のものを見つけた。最低限これで持ち手ができた。
「後は燃えるもの...燃やすのは僕の今来てる服をちぎれば作れるから...油みたいなのないかな」
とはいっても、そう簡単に見つかるような物でも無い。
僕はその後、床をまさぐり続けた。
もう、それだけの時間が経ったのかはわからない。もしかしたら、外は全部解決して、途中でいなくなった僕が犯罪者かと疑われて探されているかもしれない。
「うーん。途中で見つけた棒以外は何もないなぁ。偶然ここに入った物を見つけただけなのかな?」
よく考えたら、僕はどうやって火を付けるつもりだったのだろうか?今火を付ける道具なんて持ってないし、火魔術も使えない僕では着火できない。
「そういえば、火ってそこら辺の石を、こうやった叩くと...点かないか」
何回か試してみたげど、そこら辺に落ちている溶岩では火は点かないようだ。火花すら散らないのだ。これはダメだ。
「後は、木の上で、もう一本の木の棒を置いて...この方法は材料が足りないなぁ」
その後、何も良いものは見つからず、この空間の壁らしきところまで来た。
「やっと壁か...遠かったように感じるけど、どのくらいの広さの場所にいるんだろう?」
そう思って僕が、壁をまさぐっていると、手元でスイッチを入れたような感触とカチッと言う音がする。
「どうしたんだろう?何も起こらないけど」
僕はそう思いながらボタンを何度もカチカチと押す。
「うーん。電気が点いたりするみたいなのはないのか...とはいえボタンがあるということは、ここは誰かが山の中での休憩スペースとして改造中だったのかもしれない」
僕はとりあえず、ボタンの周囲をまさぐって探すものの何も見つからない。
「このまま、何も見つからなくて、ステインが見つけてくれない僕はこのままここで死んで骨になるのかな?そう思うと、他にいそうだけどいなかったのかな?」
僕は一瞬背筋を冷たいものが通ったような感覚を感じたけど、別に誰もいないので死の気配というものかもしれない。
その後、何も考えないように壁沿いに歩いていると、何かに躓いてこける。
その拍子に棒を落としてしまう。
「最後の希望が!!」
僕は棒を落とさないようにと周囲のあちこちに手を伸ばすが、全て中を切る。
それとは対照的に棒が落ちた方向を向いたとき、そこから待望の光が焚かれた。
まぶしいくらいの光の中心にあったのは――
「――骨?」
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