第9話 レベル100、騎士団を指揮する

 ナギサが来た後、第十騎士団の団員が何人か山から下りてきて、最後にクラウン団長が山から下りてきた。

 団員の話によると、団長は生きてる団員の元に駆けつけると、瞬く間に周囲の敵を一掃していたのだという。

 最初はか弱い受付嬢だと思っていたのに、なんというギャップだろうか?


「おそらく、現状動けるものはこれが限度だろう。私はこのあと、怪我人の救護を行なう。その間に諸君らには本陣へと向かってもらいたい。何が起こっているのかはわからないが、我々が呼ばれているということは、相当な事態が起きていることだけは肝に銘じてもらいたい。本陣へ向かう際の指揮は本来なら副団長に任せたいところだったが...仕方が無いので今いるもの中で最も階級の高いものが―」


「団長!」

 団長の話の途中で別の団員が話を切る。


「現在生き残っている者たちの中に、指揮の経験のある物はおりません。階級上では私でしょうが、私は技官なので行軍などの指揮はできません」

「ふむ、そうか―」


 そういえば、ナギサさんがこの舞台は技官がいると言っていたが、技官の人達は優先的に逃がしてもらえたのかもしれない。


「―では、ここにいる冒険者のフレイル殿に指揮をお願いしよう。彼は白金級冒険者であるしパーティーリーダーも務めている。彼ならば、このような部隊の指揮などの能力も備えているだろう」

「えっ、ちょっと待っ―」

「承知しました。以下、一時的に冒険者フレイル殿の指揮下に入ります。フレイル殿、どうかよろしくお願いします」


「フレイル殿。すまないがお任せしたい。本陣に着いたら、より上位の将軍に指揮を任せてもらって問題ないので、それまでをおねがいしたいのだ」


そんなの絶対無理に決まってる。僕のパーティーなんて進む道決めればその先のものをすべて破壊して進むようなメンバーが暴走してるだけなのだから、僕自身には指揮能力すらないのに、


「わかりました。謹んで拝命します」


 良いですか?弱者は絶対的強者(暴力を持つもの)には勝てないんですよ。勝てたら、困ってません。


* * *


(引き受けてしまったぁ!!!)


 もう、これは何も起きないことに賭けて祈るしかない。

 我らが主神よ、どうかこのか弱き子羊の――


 ドーン!!


 僕に守護神の加護はないようだ


「何があったんだ」

 近くにいてもらったナギサさんに話を聞く。

「わかりません。突然の轟音とともに地面に穴が」


 ナギサさんの指差す方向には大きな穴が開いている。でも、中心には何もない。


「ということは、魔法?」


 火薬とかを使えば周囲に火薬を包んでいた容器が飛散しているはずだ、それがないと言うことは爆発という現象だけが起きたと言うこと、魔法の可能性が高い。


「一体どこから?」

「あそこです!!」


 ナギサさんが指さす方向から更に、火の塊が飛んでくる。

 一般的な火魔法の一つである、火球だろう。

 火球は本来は火の玉を飛ばすだけの魔法だけど、魔力を圧縮して飛ばすと着弾時にその魔力で爆発すると、この前サリーが言っていた。


「全員物陰に隠れて下さいっ」

 

 僕が近くの岩の裏に隠れた瞬間、周囲のあちこちから爆発音が聞こえる。

 爆発音がやんだあと、周囲を見渡すと、何人かの団員で集まって魔法障壁を展開していた。

 それができるなら、言ってよ。


「申し訳ありません。指揮に逆らって、障壁を張ってしまいました。おそらく、魔力を温存しろと言うことだったのだと思うのですが、非戦闘員の保護のために障壁を使用してしまいました」


 団員の一人が申し訳なさそうに、こちらに謝ってくる。

 というか、僕には障壁を張るなんてできないので反射的に隠れてと叫んでしまったけど、騎士団ならそういうのもできるんだよね。


「問題ありません。以降も臨機応変に適切な判断をお願いします」

 良いこと言ってる風だが、上手くやってくれという意味だ。


 それより、今のはどこから飛んできたんだ?

 僕は岩陰から火球の飛んできた方向を見る。


「火球、第三弾来ます!!」


 僕が顔を覗かせた瞬間に火球が飛んでくる。

 これでは、前に進めない。


(迂回するべきか?でも、他の場所でも待ち伏せされているかも...)


「フレイル殿!! このままでは魔力が尽きてしまいます!!」


(決断しなければ...強行か迂回か、どちらもリスクが大きい...)


 また、火球が着弾してどこかで爆ぜる音が聞こえる。

 ガラスが割れたような音がする。これは魔法障壁が砕けたときに鳴る音だ。

 もう、残されている時間は少ない、何か決めなければ...


「そうか、これがあった!!」


 僕は岩陰から顔を出したとき、火球の更に奥、ある物が目に入った。


* * *


 それは、王都出発の2週間ほど前、アルゲン君とのクエストの帰り―

 僕らは、冒険者ギルドによって達成の報告と報酬の受け取りを済ませていた。


「フレイルさん。僕らなんか注目されていません?フレイルさんはともかく、僕も注目されている気がするんですけど?」


 僕は周囲を見渡す。すると、なぜかみんな気まずそうにそっぽを向き始める。


「アルゲン君が最近活躍してるから注目されてるのかとも思ったけど、そういう雰囲気じゃないね?」

「では、なぜなのでしょうか?」


 二人して、うーんと首をかしげていると、アルゲン君が突然挙動不審になった。

 誰もいない虚空に話しかけて、まるで精神病患者のようだ。


「え、本当に?!だからか......うんうん。わかったって、ハーブの石けんね、わかった買っとくよ......うん、わかった」

 

 一瞬、引きそうになりながらも、冒険者の先輩として後輩冒険者を気遣うことにした。


「どうしたの?アルゲン君。突然、虚空に話しかけて。もしかして、下水道で変な状態異常でももらった?」


「いえ、これは精霊と話していたんです。たしかに、外から見ただけだと独り言しゃべってる変な奴みたいですよね」


 実際、変な奴だったけど、別に変な状態異常をもらったとかではないようだ。


「それで、精霊にはなんて?」


「それが。下水に入っていたせいか、臭いと。このような汚れ仕事もやるのが冒険者の仕事とはいえ、家の風呂につくまでこのままというのも嫌ですね」


 僕らは帰り道の雑貨屋で、ハーブの匂いの石けんを買う。

 一応、これが精霊さんのおすすめだと言うので僕も買うことにした。

 たしかに、良い匂いがするので普段使いにも良いかもしれない。

 そのとき、雑貨屋さんに一枚の紙を渡された。


「さっきのお店でもらったこれなんですけど、」


 アルゲン君も同じ紙をもらったようだ。

 そこには、『王都温泉オープン記念 半額クーポン』と書いてあった。

 王都温泉というのは、どこかの商会が観光地スプリントの名所スプリント温泉に似せて開業したものだ。

 温泉というのはスプリントのような火山地帯にあるもので、王都のような平原ではできないとばかりに思っていたのだけど、ステインが仕入れてきた情報によると王都近郊に今は休止している火山があってその周囲を特殊な掘削技術で地下深くまで掘っていくと温泉が湧くのだという。それを利用して、近くの火山から地下にパイプを通して毎日大量の温泉水を引いてきているのだという。


* * *


(たしか、例の火山って第十騎士団が配置してるあの火山じゃなかったっけ?)


 どこかに地下の温泉水を運ぶ地下水道への入り口があるはず。これを使えば、賊の包囲を掻い潜れる。


「第十騎士団。全軍突撃!!僕に続けっ!!」


 僕は腹を決めて全体に命令を出す。なぜ僕が先頭を進まなきゃいけないのか?とも思うけど、進むべき場所を知ってるのは僕しかいないので、しょうがない。


 火球の着弾直後に飛び出した僕らの前には杖を構えて詠唱中の魔法使い達がいる。

 おそらく、彼らが魔法を撃っていたのだろう。

 よく見ると足下には何本もの瓶や倒れた魔法使い達が転がっている。

 多分、彼らは魔力回復ポーションを飲んで魔法を使い続けたのだろう。

 それで、オーバードーズ(ポーションの飲み過ぎ)で何人もの魔法使いが昏倒したのだろう。

 魔法使いをこんな使い方ができるということは、敵は相当に大規模な集団かもしれない。

 なんとか、火球を魔法障壁で受け止めながら前進し、戦闘員である騎士達が、周囲の賊を掃討する。


 僕は戦っていないのがバレないように立ち回りつつ、先ほど目に入っていた管理小屋のような施設の扉に手をかけ、押したり引いたりするが、やはりというか、扉には鍵がかかっていた。


「ここは白金級冒険者の腕の見せ所かな?」


 僕は胸元に入っている革製のケースを取り出す。


「それはなんですか?」


 僕が何をしているのかが気になったのか、ナギサが後ろからのぞき込んでくる。


「これは、ピッキングさ。同じパーティーで斥候やってる人に簡単なピッキングの方法を教えてもらったからできるはずだよ」


 僕らのパーティーの斥候のステイは罠解除やピッキングも得意だ。僕は興味本位で彼に簡単なピッキングを教えてもらったのだけど、今回設置されている南京錠は丁度教えてもらったものの一つだ。

 手元にある道具は金に任せて一番種類が多くて格好良い奴を選んだので、不要な道具も入っている。今回どれを使うのか紛らわしいが、手を変え品を変え何度かガチャガチャやってるとカチッという音がして鍵が外れる。


「よしっ、開いたぞ。賊の討伐が終わったらみんなをここに連れてきて―」


 と、後ろを振り返るとすでにみんな揃っているようだった。

 もしかして、結構時間かけていたかな?


「まぁ、みんな揃ってるなら良いか」


 僕は簡単な作戦を説明し、みんなで地下水路に進んでいく。

 この前入った下水道のような匂いはなく、むしろ温泉特有の硫黄のような匂いが水路の内部には立ちこめていた。


「よし、みんな次の出口まで一旦進むよ。それで、出口で本陣との距離を確認して、近ければ地上から本陣へ向かうし、遠ければまた地下水道を進もう。最悪、一度王都を引き返してもかまわない。一番安全に本陣にたどり着ける方法で向かおう」


* * *


 それからしばらく、僕らは水路を歩き続ける。僕の考えた温泉水の水路を進むというのは、僕の頭の中にあったときほど簡単なものではないようだ。

 ところどころが温泉水でぬめっているので、気をつけないと転んでしまいそうで危ない。しかも、水路の温泉水はまだ源泉が近いので温度が高いので、転んでしまって、そのまま温泉水に体ごと入ってしまったらやけどの恐れもある。

 それに、最初は硫黄臭い位だったガスも、息苦しさを感じる。

 もしかしたら、火山から出てる有毒ガスが充満しているのかもしれない。これを吸い続けていたら、最悪の場合は窒息や中毒で死んでしまうかもしれない。


「みなさん、気をつけながらですが、少しペースを上げましょう」


 そう呼びかけるが、これまでの戦闘のせいもあってかみんな足取りは重い。

 少なくとも一度出口を見つけないと、水路で総倒れの危機もある。

 特にナギサさんとか非戦闘員の技官さん達の顔色は特に悪い。このまま気を失ったら、更に進行速度が落ちててしまう。



「あれ?ちょっと息苦しさが減った?」

 しばらく歩いていると、奥の方から風が吹き込んでくるのを感じた。

 どこかから外気が来ているのかもしれない。

「みなさん。あともう少しです。頑張って進みましょう!!」


 頑張ってと声をかけるが、この距離の移動にしては一度も休みもなく歩きづめだ。そう簡単に頑張れるほどの気力が残っている人も少ない。

 とはいえ、顔色が悪くなってる人達を早く地上の新鮮な空気を吸わせないといけない。


(空気をきれいにする魔法具とかがあったら良いんだけど、魔法具の開発は戦闘用が主で生活用はあまり開発が進んでないからなぁ)

 無い物ねだりをしてもしょうがない。今はとにかく進むのみ。

 僕らはさらに進んでいく。

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